第8話 冒険者の夕食

 マリーとエリサが護衛していた隣国リンキンの貴族、ルーリス家の娘ストラは、シルバーベアに襲われたショックで宿に引きこもった。執事のイルドは、馬車馬の代わりをランデ村で探しましたが、痩せ馬ばかりで適した馬が見つからず。仕方なく、隣国国境に手紙を送り、代わりの馬が到着するであろう一週間後まで、ランデ村に滞在することになった。


 マリーとエリサは執事との長い話し合いの末、荷物持ちポーターを雇うこと何とか承諾されましたが、この村にいる間は護衛の任を一時的に解かれることになる。二人が話し合いを終えて宿を出た時、すでに日は暮れていた。


「ロリスは……やっぱり、もういないか……。クッ、執事め! 長々と説教して、ロリスを感謝の晩餐に誘うつもりだったのに!」


 悔しそうに文句を言うマリー。


「マリーさん、何言ってるんですか? そんな余裕は無いでしょ? ホラ、桃色な妄想はその辺で終わりです。現実に戻って、冒険者御用達の質素な夕食を食べに行きますよ」


 がっくりと首を落としたマリーはエリサに続いて、ランデ村唯一の食堂へと向かって歩き始めた。


「腹減ったな? シルバーベアを追い返した祝いだ。今日ぐらいは、ボイルした腸詰と酒も頼もうか?」


 ロリスとの晩餐という夢は消えたが、夕食を何とか良くしようと粘るマリー。


「いいですねぇ。でも、無理ですよ。今週は収入が不確定ですから。頼むのは、どこの店でも一番安い黒パンと塩スープのセットですね」


 マリーの粘りを、あっさり流すエリサ。


「ええ~~っ! あれって美味しくないんだよなあ」


「我慢してください。収入が確定したら、我慢したその分豪華になりますから」


 終始、エリサが優勢で話を続けるうちに、食堂に到着した二人。辺境の村の食堂は、やはり小さい木造平屋、テーブル席が4つにカウンター席が5つ。ただ、中は清潔でごみ一つ落ちてない。これはここが田舎であることも大きい。他種族、他国民が集まる町の食堂は、足元がゴミだらけ。旅の恥はかき捨てとばかりに傍若無人にふるまう者が多いからである。


 マリーとエリサは店内に入る。そして壁際の席に座るとすぐ共にメニューを見た。


「ねえ、見てよエリサ。このメニューにある黒パンと馬肉のソテーって、今日の馬車馬じゃない?」


「多分そうですねえ。生肉は氷冷庫があっても数日しか持ちませんから、今日か明日しか食べるチャンスはないでしょうねぇ」


 マリーの魂胆はわかっているのでさらりと流すエリサ。しかし、マリーはあきらめない。


「なあ、エリサ頼む! 今日はこの馬肉のソテーを食べない? 明日にはもう食べられないかもしれないし、今日食べたら、私の明日の食事はいらないから!」


 しかし、エリサは嫌みも込めて疑問を投げかける。


「え? 古の一族エルフって肉食べるんですか?」


「何、嫌みを言ってるのよ。『腸詰食べよう』って、私がさっき言った時はスルーしたくせに、馬肉には反応するんだから。肉食べないのは私たちの一部の部族だけで、全員じゃないよ。勝手に人間が作ったイメージを都合よく使わないでよ!」


 古の一族エルフを、【美形】【長寿】【耳尖】【ベジタリアン】【華奢な体】と定義するのは一般的だが、実はそれに当てはまる古の一族エルフはほんの一部で、共通するのは【長寿】ぐらい。多くはその枠からはみ出している。


 『はい、すいません。嫌みを言ったのは謝ります』とエリサは謝罪した。二人パーティーで喧嘩が勃発したら、元に戻すのは中々難しいので、ここぞのポイントで謝り、相手の怒りの圧を抜くのである。

 その謝る姿を見て満足そうに頷くマリーはエリサに尋ねた。


「よろしい。で、なんで馬肉に反対したの? 結構安いと思うけど?」


「そりゃあ、高かったからです。マリーさん、ちゃんと値段見ましたか」


 そう言ってエリサは、メニューの金額の部分を指した。


「え? ……800CPでしょ? えっ? あれ? 8000CPか……そりゃ無理だぁ……ごめんなさい」


 桁を一つ間違ったと気づいたマリーは、申し訳なさそうに頭を下げ謝った。8000CPと言えば、一食で20人分の食費に相当する。


「そういうことです。 すいません、黒パンと塩スープのセット2つお願いします」


 結局、二人は仲良く黒パンと塩スープを待つ事となった。

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