第45話:魔法の時間
ワタシは大きく深呼吸をすると改めて、内なる海と外なる炎に向き直る。
大事なのはイメージだ、海から炎への変換、そのために必要なのは、そう、――ワタシ自身だ。
ワタシはもうそのふたつを制覇している。
海も炎もただワタシを構成するものにほかならない。
それならば。
突然、暴走しかけていた魔力が完全に調和し、籠手がワタシの新たな手のように感じられた。さっきまでの重みは消え去り、まるで籠手が自分の手そのもののように動かせるようになる。そして、全身に魔力が行き渡り、身体中に駆け巡る魔力の律動が響き渡る。
「よくやったぞ、ガルニート。そなたの魔法は素晴らしいではないか!」
「お、おい、魔王ッ!?」
魔王がそう言った瞬間、ふっとその小さなもふもふの身体から力が抜けたような気がした。慌てて彼の元に駆け寄ろうとしたけど、魔法の制御と、そして、今までワタシ達を猛烈な暴風雨から守ってくれていた防御がなくなって、それができなくなってしまった。
「ガルニート、魔王なら大丈夫じゃ! 今はおぬしがやるべきことをするのじゃ!」
魔王は全ての力を使い果たしたのか、べちゃりといかだの上に落ちた。もちろん蔦でいかだと繋がっているから海に落ちる心配はないし、じいさんがしっかりと抱きかかえていたけど、もう魔王には頼れない。あとは、ワタシだけだ。
「これで……これでどうじゃい!」
そしてワタシはいよいよ叫び声を上げ、高々と両手を掲げる。その瞬間、籠手を満たしていた魔力が溢れ出して嵐の中で輝きを放ち、いかだを包み込むように広がる。
魔法の輝きがいかだを強化し、その余波が波と雨風を一瞬だけ和らげる。嵐の猛威が魔力によってわずかな時間だけ凪いで、いかだは束の間の安定を取り戻す。
ワタシの身体は、慣れていない魔力の全力開放ですっかり疲れ果てていたけど、今はそんなことは気にしている場合じゃない。それに、なんかハイになっちまってるんだ!
魔力を帯びた籠手はワタシの腕から離れて、それでも、ワタシの動きと連動して、いかだの両端をがっしりと掴む。そのままいかだごとワタシ達を宙に浮かせると、ゆっくりと豪雨の中を前進する。
「「やったな、ガルニート!」」
「かっるいな!」
いかだが難破しないように必死に操舵し続けていた、裏MVPのじいさんは、そのご老体に鞭打っていた反動が今きたのか、どかりといかだの真ん中に腰を下ろして荒い息を吐き出していた。
そのじいさんの膝の上では、魔力切れでぐったりしている魔王が、雨に濡れてもふもふだった毛並みがすっかりしょぼくれてしまっていた。お前、毛玉がなくなるとそんなに小っちゃかったのか。
いや、安心するのはまだ早い。
ワタシ達は依然として嵐の真っただ中にいるし、いかだを浮かばせ続けているワタシの魔法がどれだけ持つのかわからない。防御魔法を使った魔王がすぐにへばったのを見るに、あまり長くは持たないかもしれない。なにせワタシはレベル1。
「じいさん! 疲れてるとこ申し訳ないけど、いかだのチェックをしてくれ! なんだったら残りのいかだを切り離してもいい!」
「老人使いが荒いのう、ま、良かろう」
「本当にありがとな!」
じいさんはゆっくりと頷き、よろよろと立ち上がると、未だにべちゃりとしている魔王をそこに置いて、さっそくいかだの結び目やどこか壊れているところがないかを確認し始めた。
ワタシが浮かべられるいかだはこの一隻のみで、残りは荒波の中でもみくちゃにされている。せっかく固定したはずの食糧なんかの積み荷もほとんどなくなってしまっている。じいさんは、そんなサブのいかだの上の荷物を確認すると、何の躊躇いもなく次々と切り離していく。
荷物用とはいえ、丹精込めて作ったいかだがバラバラになりながら彼方の波間へと消えていくのを見届けるのは少し寂しい気持ちももちろんあった。だけど、今は背に腹は代えられない。荷物もほとんどないような余計なものを引っ張るほどの余力は、たぶんワタシにはない。それをじいさんも理解してくれている。
「すまぬ、ガルニート、もう少し休めば」
「魔王は無理すんな。ここからは魔王の一番弟子のワタシが頑張るから」
正真正銘のもさもさした魔物である魔王は魔素を取り込めば自然と体力を回復できる。レベルは大幅に下がったみたいだけど、せっかくあのボロボロの状態から復活できたんだ。ここはしっかりと休んで、何かあった時にサポートしてほしい。
「あと少しじゃ……この嵐を乗り越えれば……」
じいさんの声は嵐に中でさえ響く。それは紛れもなくワタシ達にとって希望だった。ワタシ達は互いに励まし合いながら、嵐の中で生き延びるために、自分ができることに全力を尽くすしかなかった。
そして……
「……や、やったか……?」
「それ、やめた方がいいぞ、ガルニート」
永遠に続くかと思われた数時間が経過して、嵐は徐々に弱まり始めた。暴風域を抜けたのも大きい。
さっきまであんなに荒々しかった波が収まり、全てを吹き飛ばしてしまいそうだった風が落ち着いてくる。ワタシ達の身体を容赦なく打ち付けていた雨はすっかり収まり、太陽の光が再び雲間から差し込んで、海が静けさを取り戻す。
ワタシは息を切らしながら、いかだの端を掴んでいた巨大な籠手の指をそっと緩める。ばしゃんッと盛大な水しぶきを上げて着水するいかだ。まるで頑張ったワタシ達へのねぎらいみたいだ。魔王も疲れ切った表情で、ワタシの足元から顔を上げた。じいさんは深いため息をつき、疲労と安堵の表情を浮かべる。
「乗り越えたんだ……、ワタシ達まだ生きてる……!」
久しぶりに見た太陽の光の暖かさ。ワタシはそれに救われたような気がした。
ワタシの今までのサバイバル生活、魔王との修行の成果、そして、それらによって全員がこの危機を無事に生き抜けたこと。
それこそが、ワタシが生きてきた集大成のようにも思えてきていた。
やっぱ、ファンタジーってこうでなくっちゃな! いきなり魔法なんて使えなくても、チート能力なんてなくてもなんとかなるんだもん。
緊張の糸が完全に切れたワタシは、ドゴンッと落ちる籠手の重さになんだか笑えてきて、ようやくこんな重たいものをワタシが魔法で操れていたんだと実感する。ま、さすがに装備しっぱなしだと、ワタシの華奢で可憐な身体には巨大で邪魔くさい籠手を外s……
「……あれ、ちょ、この鎧、え、なんか外せなくなってるんだけど? え、ウソ? ちょ、え? ウソでしょ?」
「めちゃくちゃ動揺するではないか」
「この鎧は呪われておる。が、そなたが魔法を使いこなせるようになればいずれ外せるようになる……と思うぞ」
「お、おい! ちゃんと責任を持て! ちゃんと認知して!」
「この語弊がすごい」
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