第44話:嵐が、来る……!
海に出て何日経ったのだろう。
この日は、朝からなんとなくじめっとしていてイヤな感じだった。うーん、これはちょっとマズいかもなあ。
「じいさん、これ、なんとなるかなあ」
「我にもわからぬ、こればかりは神に導きによるじゃろうな」
「じいさんが言うなよ、それ」
海に囲まれたいかだの上でワタシ達ができることは、はっきり言って何もない。とにかく不測の事態に備えて、食糧や水はしっかりと予備の蔦で固定して、いかだを追加の蔦で補強する。ワタシ達にできる限りのことをして備えるしかない。
「水が入ったときのためにそれを掻き出す容器が要るな」
「いや、そもそもそんな余裕あるか? こちとらいかだにしがみ付いてるだけで精一杯じゃないか?」
「いかだが沈没してしまえばそれまでじゃ、我らはとにかく生き延びねばならぬ」
「なるほど。それなら、食糧を入れていたこれを使おう」
「少し重いがないよりはマシじゃな、これを機に荷物の整理整頓をして使える道具を集めておくのじゃ」
「吾輩の魔力がある間は、防御と浮遊の魔法を使おう」
「よ、よし、とにかく嵐に備えよう!」
こうして、ワタシ達は不安な気持ちを抱えたまま、どんどん暗くなってく空を見上げながら嵐へ挑む準備をした。方位磁石も旗にしていたボロい布切れも胸の谷間にしまう。今は進むよりも、生き延びることを優先すべきだ。方位磁石があればどこに流れてもまた進める。
ワタシ達は、すっかりカラカラに乾いてしまった草の外套を身に纏うと、いかだと自分自身の身体をきつく結びつけて、その時を待ち続けた。
「ワタシ達は生き延びる」
命さえあればなんとかなるんだ。今までだってそうだったじゃないか。これからだってそうだろう。
そして。
「来るぞ」魔王がぼそりと呟く。
日が傾きかけた午後、海は突然暗い雲に覆われ始めた。風が急に強まり、波も高くなっていく。いかだの揺れもいつもより大きい。いよいよ迫り来る不穏な気配、ワタシ達に緊張が走る。
「嵐、か……」
今までのちょっと激しめの雨なんかの比じゃない。
あの黒雲の大きさは尋常じゃない。あんなのに襲われたら、こんなちっぽけないかだじゃひとたまりもないんじゃないか。まだ雲は遠くなのに轟くような雷鳴すら聞こえてくる。
ワタシは恐怖を抑えきれなかった。まるで逃げ回るように迅速に状況を確認し始める。食糧庫は不安を煽るようにがたがた揺れて、丈夫にくくり付けたはずの組み立て式の小屋もぎしぎし軋む。
「魔王、まだ魔力は温存しておくのじゃ! まだまだ嵐は強くなるぞ!」
「承知した!」
この雨と風はまだ前兆に過ぎない。
それでも次第に激しくなる雨風に、もはや避けられない嵐との全面対決を覚悟する。
もはや外套の下のビキニは雨に濡れてほとんど破れてしまっているし、枯草の外套はすっかり風に吹き飛ばされている。胸の谷間に挟んだだけの方位磁石と布切れは大丈夫だろうか。あまりにも防御力が低すぎる。だけど、ワタシが裸だとかそんなことを気にしている暇はこれっぽっちもなかった。
「ガルニート、これを着ておけ」
「え、これって」
じいさんは頑なにくれようとしなかった自分が着ていた布を破ってワタシに手渡した。
「裸では何かと危険じゃ。身体に巻いておけ」
「じいさん……」
いや、なんかエモい感じが出てきてるとこ申し訳ないんだけどさ。
「でもさ、ワタシ、裸で大変なとき色々もっと早い段階で結構あったよ?」
あんなことやこんなこと、恥ずかしいやら怪我するやら、絶対に服があればなんとかなったことが無数、脳裏に浮かぶ。
とにかく、今はそんなこと言ってられない。じいさんからもらった布切れを胸と下半身を隠すように巻き付ければ、なんとなくドレスのようにも見えなくもない。
嵐が激しさを増す中、いかだは狂ったように揺れ、巨大な波が次々と襲いかかってくる。風が吠え、雨が叩きつける音が耳をつんざく。ワタシ達は必死にいかだにしがみつき、耐え忍んでいたが、状況はますます絶望的になっていく。
「このままじゃ、いかだが持たぬぞ……!」じいさんが叫び声を上げる。
このままじゃいかだがバラバラになってしまう。最悪、他のいかだは切り離してしまってもいい。でも、ワタシ達が乗るこのいかだだけはどうにかして繋ぎ留めなければ。
「どうすれば……」
「ガルニート、そなたの魔力で吾輩の鎧を纏うのだ!」
「いきなりそんなことできるんすか!?」
「わからぬがやらねば死ぬぞ!」
「ですよね!」
黒い毛玉と化した魔王はもうこの鎧を着られない。じいさんだってこの重さの鎧は持ち上げることすらできないだろう。それならば、ワタシがやるしかない。
とは言うものの、ワタシの身体には魔王の鎧はあまりにも大きすぎる。今この状況で必要なのは。
「んなああああ、もうおおおおお……!!」
ワタシは恐怖と焦燥に苛まれながら、ほとんどヤケクソで叫ぶ。ここまで来たらもう、気合いだ!
ワタシは魔王が装備していた大きな鎧の籠手に目をやる。ワタシの身体ほどもあるそれはどう考えてもワタシには大きすぎるけど、この状況を打開するための唯一の手段だった。
「女は度胸だ! 冴えないおっさんだってやるときゃやれるんだってのを見せてやる!」
ワタシは急いで魔王の鎧の大きな籠手を両手に装着すると、魔力を一気に放出する。
嵐の中で緊張する心臓の鼓動が激しくなって、だけど、それでも、ワタシの内側の海から魔力がゆっくりと打ち寄せてくる。早く、早く、高鳴る鼓動と焦燥、これまで一度も成功させたことのない魔法が、今この瞬間に必要とされている。
「海のように、静かに……炎のように、強く……」
まるで呪文のように。
小さく呟くと内なる魔力を籠手に送り込む。籠手が微かに輝き始め、ワタシの両腕から発火した魔力に反応する。
だけど、嵐は容赦なくいかだを揺さぶり続ける。
ギシギシと軋むいかだの悲鳴を聞きながらも、全力で集中して籠手を動かそうとする。けど、その重みと不安定な状況、そして、何よりも焦りが操作を難しくしている。手は震え、汗が額から滴り落ちる。今にも籠手の内部に燃え上がらせている魔力が爆発してしまいそうだ。
「吾輩もサポートする! ガルニート、そなたは魔法に集中するのだ!」
魔王がそう叫んだ瞬間、視界を塞ぐほどの激しい豪雨が、そして、ワタシ達を猛烈に揺さぶり続けていた波が収まる。まるで暖かな光に包まれているかのような感覚。久しぶりの光に思わず目をキュッと瞑る。
「防御魔法だが長くは持たぬ! この間に、こう、あれだ、なんとかするのだ、ガルニート!」
「ずいぶんざっくりした指示だな、魔王!」
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