第40話:ようやく明かされる世界観(魔物サイド)
今日は月明かりが穏やかに差し込む夜だった。満天の星明かりは、小さな光でもどこまでも見えてしまうワタシには少し眩しいくらいだ。
昼間の約束通り、魔王にこの世界のことを教えてもらう。
ワタシとじいさんはいつもの草と木で作ったベッドの上、普段は外で丸っこい身体をさらに丸めて寝ている魔王は、ワタシの腕の中で静かに目を閉じていた。今日はなんとなく特別だぞ。もさもさの黒い毛のやわらかな感触がワタシの二の腕の内側をくすぐり、魔王の静かな吐息がワタシの頬を撫でた。じいさんは要らん気を遣ってか、ワタシ達に背を向けていた。何もないからな?
海のさざなみが木に繋いでいるいかだを揺らし、こちらも寝入ろうとしているのだろう小鳥の声が遠くから響いている。魔王の、その可愛らしい姿とはまったくもって不似合いに低く落ち着いた声が、その静けさを壊さないようにそっと語り始めた。
「きっとはじまりはほんの些細なことだったのだろう。そのきっかけを確かに覚えているものなぞ誰一人とおらぬのだから」
その小さな鼻を濡らす切ない吐息には、深い悲しみと憐みと、そして、どこか諦めに似た嘆きがまじっていた。どこの世界でも、争いのきっかけなんてそんなもんなんだな。どっちが悪かったか、なんてどっちもわかっちゃいないんだ。
「昔、人間と魔物はこの世界を共に生きていた。だが、人間は次第に我々を恐れ、そして憎むようになった」
ワタシは薄目を開け、魔王の顔を覗き込んだ。あの一目見ただけで全てを震え上がらせるあの恐ろしい容貌よりかはまだマシだけど、その表情はもさもさの毛皮に覆われていてよくわからなかった。しかしながら、彼の瞳には、あたかも自身が見聞きしてきたかのような遠い過去の記憶が浮かんでいるようだった。
「その始まりは遥か昔、人間も魔物もまだ原始的な生活を送っていた時代だ。人間と魔物は共に森を分け合い、睦まじく共存していた。人間は我々の力を借りて生き延び、我々も彼らの知恵を借りて共に繁栄していた。その頃はまだ外見や種族の違いなぞを気にするような余裕もなかったのだろうな。だが、文明が発展するにつれて、人間は自らの力を過信し始めた」
ワタシは魔王の話に耳を傾けながら、彼の言葉に深く引き込まれていった。彼の声には、過去の栄光とその喪失の痛みが交じっていた。がさり、じいさんが微かに動く気配があったけど、魔王はそっちの方は気にすることなく話を続けた。
「最初は些細な争いだった。土地の奪い合いや、資源の取り合い、あるいはちょっとした子ども達の喧嘩。しかし、次第にそれはエスカレートしていった。人間たちは、魔物を自分たちの敵と見なすようになり、我々を狩るための討伐隊を組織した。我々は抵抗したが、人間たちは圧倒的な数と新しい武器で我々を圧倒した」
魔王の声は静かながらも、悲しみと怒りに満ちていた。彼は続けた。
「そうして、魔物と人間との溝が決定的になり、大半の魔物が人間からの迫害を恐れて、人間が生きるのが難しい魔素の濃い場所、すなわち、後に魔界と呼ばれる場所に移り住んだその頃、我々の中から人間どもへの義憤に駆られ、勇敢だと嘯く者が一人立ち上がった。そう、それが吾輩だ。吾輩は魔物たちを率いて、人間どもの迫害に立ち向かった。戦いは激しく、多くの血が流れた。だが、我々は決して屈しなかった」
ワタシは淡々と話を続ける魔王をぎゅっと抱きしめたくなって、だけど、それを我慢しながら、彼の声に耳を傾け続けた。この話には魔王の痛みと覚悟がじくじくと滲み出ているようで、ワタシの方までその傷が痛み出すように感じた。
「魔界は魔物の国になった。今思えば、吾輩はそれだけでも良かったのかもしれない。少なくとも魔界でならば我が同胞が人間に殺されることはないのだから」
「でもさ、それって」
「だが、地上の世界にも希望もあった。美しい風景、暖かな日差し、人間たちが作り上げた街並み。吾輩はいつも、遠い過去を魔界から見ていた。密かに憧れ、淡い期待を抱いていたのだ。人間と魔物が共に生きられる未来を夢見ていた」
ワタシは驚きの表情で魔王を見つめた。いつもの呪詛はそのための無念の思いだったのかもしれない。
「魔王様もそんな風に思っていたんだ」
魔王は優しく鼻を鳴らした。
「しかし、全てが終わる時が来た。人間たちは、ついに一人の勇者を送り込んできたのだ。その勇者は、我々の力を上回る強さを持っていた。我々は最後の戦いを挑んだが、吾輩はその勇者に倒された」
魔王は一瞬、目を閉じ、深い息をついた。その表情は、あの時、全ての宿命と全ての魔物の命運を投げ捨てて、無様にも命からがら逃げ出し、偶然この島に流れ着いた時の、あの悲痛な姿が重なるようだった。もしかしたら、あの時はまだ勇者への再戦を画策していて、それが魔素がないこの島に来てしまったもんだから、リベンジを諦めたのかもしれない。
「そして、今はこの様だ。だが、吾輩は諦めていない。いつの日か、再び立ち上がり、我々魔物の権利と自由を取り戻すために戦うつもりだ」
これが、魔王の語る世界。
なんて残酷で悲しい世界なのだろう。
どこかできっとわかり合えたはずの魔物と人間が、いつまでも仲違いし続けている。
魔王の言葉を聞きながら、寒くはないはずなのに微かに震える。今は魔王の冷たい体温も感じている。だから、震えているとしたらそれは。
魔王の話は心に深く響いた。魔王の目には、再び決意の炎が燃え上がっていた。
「吾輩の戦いはきっとまだ終わっていないのだ。ガルニート、君が知っておくべきは、我々は決して共存の道を諦めないということだ。そして、いつか必ず地上の光を同胞に見せてやる」
ワタシは毛まみれの魔王の顔をじっと見つめ、ゆっくりと彼の言葉に頷いた。彼が語ってくれた世界はワタシの心に深く刻まれた。きっと背を向けたままのじいさんの心にも。魔界から見た世界、その真実を知ったからには、魔王の抱える重い使命を共有しなくちゃいけないような気がした。
「吾輩の力を受け継いだ君がいる今、吾輩は再びその希望を抱くことができる。君の力と共に、新たな未来を築くことができるかもしれない」
「おう、魔王様。ワタシもその未来を信じるよ。争いなんてダメなもんはダメだ。ぬるい平和に浸かりきった冴えないおっさんでもそう思うよ」
ワタシは魔王のやわらかな身体を優しく抱きしめた。月明かりの下で、ワタシはそう言ったけど、ん? 待てよ、これってワタシが次の魔王になるフラグなのでは?
「我は寝るぞ、我のことは気にしなくてもいいからな。良い雰囲気で愛し合ってもええんじゃぞ」
「だから、じいさんのそういう要らん気遣いはいいんだって!」
※この後めちゃくちゃセッ〇〇することなくぐっすり寝た。
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