第37話:旅の準備はしっかりと

 とにかく、魔法を学べれば、なんだかワタシが望んでいたファンタジーライフがグッと近づくぞ。問題は教えてもらうのが、この世界を滅ぼさんとしていたかつての魔王だってことだけだ。ある意味で魔法のスペシャリストのはずだから、贅沢な悩みと言えば贅沢な悩みだが。


 これでワタシは一歩この世界に近づける。やったるで、ファンタジー!


 こうなると、もう残す問題は、いかにしてこの島から脱出するか、ということだけだ。魔素だ、ワタシに早く魔素をくれ!


「あとは陸地に着くまでの食糧と水の確保だな」


 とにかく大事なのは食糧と水だ。生物が生きるためには、食べ物と水が必要不可欠だ。ちなみに、魔王は魔素さえあれば基本的には食べたり飲んだりは必要ないらしいけど、魔素がないこの領域の影響か、この周囲の魔素の量は他の場所に比べても少ないらしく、一応魔王の分も確保しておいた方がいいだろう。というか、食糧とか水ってなんぼあってもいいですからね、あるだけ、積めるだけは用意しておこう。


「あ、すっかり忘れてたけど、この杖の欠片、海水のろ過にも使えるぞ」


「万事解決じゃねえか!」


 一番の懸念だった飲み水の確保問題が一気に解決した。確かに料理の味付けにも使えるんだ、海水を真水にすることもできなくはないのだろう。泉の水を積み込むのも限界があると思っていたからこれは助かる。


「ただし、あまり多くの水をろ過することはできぬ。やはり、ある程度の量は確保しておいた方がいいだろう」


 海水のろ過にどれくらいの時間が掛かるのかは要検証だな。杖の欠片は万能なんだけど、微妙に効果がささやかなんだよなあ。あ、そうだ、ろ過のために海水を入れる容器も作らなきゃいけないか。


「魔素があれば、吾輩の魔法で水を出すこともできるな」


「水魔法、そんなのもあるのか」


 そうだ、魔王なら魔法でなんでもできるじゃないか。水や火を出したり、そうだ、もしかしたら空を飛べるかもしれない、なんだったら一瞬で近くの街に行けるかもしれない。


「ただし、今の吾輩はレベル3だ、大した魔法は使えぬし、連発もできぬぞ」


「そうなると、あまり高望みもできないか」


 魔法という概念にいまいちピンときていないワタシには、これがどういうことかよくわかっていないかもしれない。あとで、魔王に魔法を教えてもらう時にちゃんと教えてもらおう。


 これで、水に関してはなんとかなりそうな展望が見えてきたような気がしないでもない。不確定な要素ももちろん多いけど。これ、杖の欠片が水で腐ったりしないよね?


「けどさ、これ、いかだに積み込める限界があるわ」


 ワタシの身体よりもはるかに大きな島の大木を6本も並べたんだ、今でも十分な大きさではある。けれども、やっぱり、ワタシ達3人と、それに大量の食糧やら水やら、そして、役に立ちそうな道具を積み込むとなると、どうしても容量が足りないような気がする。


 いかだの丸太の数本は荷物の収納用にくり抜いてはいるけど、基本的にはどうやったって平面だしな、これがちゃんとした船を造れたらもう少しなんとかなったかもしれない。


「それならば、荷物用のいかだをもうひとつ作ればいいのではないか?」


「それだ!」魔王、頭がいい!


 3人集まったところで、知識も技術もない、そして、まともな材料も道具もないワタシ達にはちゃんとした船を造ることができない。結局船内への水漏れを完全に防ぐいい方法が思いつかなかった。


 長旅で頼れるスペースが船だけ、というワタシ達には、水漏れして沈没する可能性がある不完全な船はあまりにもリスクが高すぎた。浸水した海水を随時外に出す、というのも少し心許ない。


 それなら、やっぱり少しくらいの隙間も許容できるいかだをカスタムするくらいがちょうどいい。なんだったら、帆や屋根なんかも付け足せるし、これだけの大きさなら上に小屋を載せてもいいだろう。


「なんだったら、もうひとつと言わず、同じようないかだを何個か作って緩く連結してさ、食糧用、水用、ワタシ達の居住用、とかにすればいいんじゃないか?」


「いや、もしどれかが壊れたら致命的じゃ、荷物は分散させた方がいいじゃろう」


「なるほど、リスク分散型ね、そういうの何事においても大事よ」


 というわけで、今後の方針は決まった。


 追加のいかだ作りと、それと並行して長期間保存できる食糧作りだ。


「すまぬ、身体が崩れてしまったせいでいかだ作りも手伝えぬ」


「いいっていいって。魔王の力を受け継いだワタシがその分頑張るから!」


 元々いかだ作りはワタシのライフワークみたいなもんだったし、このもふもふマスコットの魔王じゃさすがに無理でしょ。この島での癒し担当になってもらおう。元々が魔王だし、……あ、あんなことがあったから、ちょっと気軽に抱きつくにはハードルが高すぎるけど。「吾輩ならいつでも」「そうじゃないよ!」


「魔王はじいさんと一緒に魚を燻製にするのを手伝ってよ」


「うむ、承った」


 腐りやすい内臓や頭を取り除いて、とにかく水分を極限まで減らすように燻製にすれば、魚は結構長持ちする。欲を言えば、さらに湿気を取り除けるような容器に密閉できればもっと保管期間は伸びそうなんだけど。


「そうだ、杖の欠片を除湿剤みたいに使えないかな?」


「完全にこの貴重な聖遺物が便利アイテム扱いではないか」


 ある程度しっかりした箱に木屑と杖の欠片を入れておけば、中の湿気を吸ってくれるとかしてくれないかなあ。


「できないことはないじゃろうが、そうなると、飲み水を作れなくなるぞ」


「あ」


 それは困る。やっぱり杖の欠片の力を借りるのは、本当に必要な時だけだ。優先度としてはやっぱり海水のろ過の方が高いだろう。水があればなんとかなる。


 ワタシ達がこの島でできる食材の保存方法は、魚の干物、燻製、塩漬け、果物をドライフルーツにする、これくらいか。これではたしてどれくらいの航海に耐えうるのか、全くの未知数だ。魚を随時釣り上げるとしても限度がある。全然釣れない日もあるだろう。食料と水はあるに越したことはない。


「ちなみに、杖の欠片で食料の賞味期限を延ばすことはできないの?」


「この杖の欠片は万物に触れていただけだ、元々の性質に反する機能を付与するには膨大な時間がかかるじゃろう」


「そうか、賞味期限を延ばすのに時間が掛かるんじゃ意味がないか」


 たとえば、30日の賞味期限延長に30日かかったら結局プラスマイナスはゼロだ。それなら、ズル無しで自分達でできることをしよう。


 どのみち、この島から次の陸地までどれくらいかかるかはワタシ達にはわからないのだ。唯一、この世界のことを把握していて、次の陸地がどこにあるかわかっているはずのじいさんはというと。


「とにかくすっごい時間かかるぞ」


「ダメだ、何もわからん」


 じいさんにもこの距離感をどう説明したらいいのかわからんのだと思われる。世界征服を企てていた魔王はもしかしたら世界地図を把握しているかもしれないけど、それでも、この島の場所も、そして、時間も距離感すらも把握できないワタシ達に説明は難しいか。


 そして、ワタシ達にはさらなる悲報が。


「この姿ではこの溶鉱炉も使えなくなってしまったな」


 確かにこの巨大な溶鉱炉は魔王が中で火を燃やし続けて初めて機能するものだ。魔王が小さなもふもふの毛玉になってしまった今、ワタシ達はこの溶鉱炉で金属を精製することはもうできない。これじゃあ、もうフライパンや鍋も作れなくなってしまった。


「あ、でも、粘土があるから焼き物はできるかも」


 金属が溶解するほどの高温にしなくても、ちょっとおしゃれなお皿とか入れ物くらいなら作れるかもしれない。そうだ、海水のろ過装置(ただ杖の欠片を入れとくための容器)も作れるぞ。あ、土鍋なんかもできるんじゃないか?


「煮物が捗るよ、これ!」


「料理のことしか考えとらんな、ガルニート」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る