第36話:レベルアップ!!

「というわけで、無事にレベルが上がりました!」


「「やったな!」」


「かっる!!」


 じいさんの軽快なサムズアップにイラッとしながら。


 っていうか、あんな恥ずかしい思いまでしておいて、魔素がそんなになかったのか、ようやくワタシのレベルは1になっただけだった。ステータスとかは別にないみたいだから、魔王がワタシに継承してくれた力が一体どんなもんなのか、これじゃあ確かめようがないか。


「ところで魔王はワタシに……ち、力を」


「精、じゃな」


「う、うるさい! せっかくオブラートに包んだんだから言うなよ、エロジジイ!」


 ちなみに、R18なことはしていない。もらったものは断じてそういうのじゃない。もらったのは魔王の力だけだ。いや、語弊がすごいな。別に魔王になろうとはしてないからね?


 と、とにかくだ、安心してほしい、ワタシは冴えないおっさんとしての矜持を、そして、誇りをまだ持っている。その誇りに賭けて、えっっっっなことは断じてしていない。「冴えないおっさんに、誇り?」「うるさいよ、そこ」


「と、とにかく、ワタシなんかに魔王の力をくれて大丈夫なのか、魔王。そんな姿になっちゃてるけど」


 ようやく情緒が安定してから改めて見てみると、この黒い毛玉があの魔王なのか、という違和感が凄まじい。


 真っ黒なポメラニアン、いや、もはや両手で抱えられるサイズのもさもさの毛玉でいいだろう、それに、頭には取って付けたような羊みたいな小さな黒い角が付いていて、目付きもやたらとキリッとしているけど、毛玉は毛玉だ。この世界の動物とか魔獣はもう全部カワイイに全振りなのか? これはこれで反則なのではないか?


「実は飛べるぞ」


「羽も小さくて可愛いな!」


 背中から生えた小さな黒い羽はコウモリのそれを思わせるが、一生懸命パタパタしてないとすぐに落っこちちゃうらしく、ドヤ顔ながら後ろですっごいパタパタしてた。なんだ、可愛さでワタシを殺す気か?


 しかし、これが元はあのいかつい魔王だと知っていなきゃ、思わず抱き着いて全力でわしゃわしゃ撫でまわし散らかすところだった。あぶねえ。「吾輩は一向に構わぬ」「逆にいいのかよ」


 毛玉……じゃねえ、魔王は、つぶらな大きな黒い瞳できゅるるんっとワタシのことを見上げながら、空中でぷりぷりと尻尾を振っている。なんなん、なんなん、ガチで。


「問題ない、外殻が崩れたようなものだ。レベルは大幅に下がったが魔物としての吾輩の本質は損なわれておらぬ」


「ちなみに今の魔王のレベルって」


「3、だな」


「力を譲渡してその姿になってもなお、ワタシよりもレベル高いんかい」


 ワタシはこの毛玉にすら負けるのかよ。あまりにも理不尽すぎる。


 ただ、まあ、レベル3はそこそこ低めだろう。元魔王としては悲しくなるくらいのレベルダウンだ。魔王としての威厳は名実ともにすっかり失われてしまったが、口調は相変わらず尊大なので脳みそがバグっちまうな。


 そして。


 これで名実ともに最弱のパーティが出来上がってしまったわけだ。


 レベル1の火の民の少女、ワタシこと、ガルニート。


 レベル?の元神様、じいさん。


 レベル3の元魔王、魔王。……ややこしいな。


 これだけ聞くとあまりにも訳わからんことになっている。なんだよ、レベル不明の元神様って、レベル3の魔王って。どういうことだってばよ。


「っていうか、レベルが上がっても魔法とか覚えるわけじゃないのね」


「魔法は使えずとも女としてのレベルは上がったがな」魔王、ぼそりと。


「誰が上手いこと言えと?」ぎろりと睨む。


 もう、あのことはみんなすっかり忘れてほしい。記憶の奥底に沈めて、墓穴まで持って行ってほしい。一時のテンションで成り行きに任せてしまったけど、こんなに恥ずかしい思いをこれからもする上に、ふたりにめちゃくちゃイジられるなんて思ってもみなかった。神様とか魔王の倫理観どうなってんだよ。


「魔法の習得は知識を得るしかない」


「そこは勝手に覚えるわけじゃないのね」


「魔導書や他者からの習得、自身での魔法の探求だ」


「しっかり勉強しないとダメってことね」


 苦手科目が増えたような、なんだかずんっと重い気分。勉強は小さい頃から嫌いなんだよなあ。まあ、それが祟って今の、知識も学もない薄っぺらい冴えないおっさん、という現状に甘んじているんだけど。「かなしいな」「かなしいね」「うっさいよ、本当に!」


 じいさんと魔王の、まるで冴えないおっさんを見つめるような憐みの眼差しに、人生で何度目かの、今度こそは勉強するぞ、という覚悟がみゃくみゃくと芽生えてくる。


「そもそも結局は魔素がなければ、魔法は使えんからの」


「やっぱり島からの脱出は絶対条件か」


 ちょっと魔素を浴びただけで魔法が使えるなら、こんなところでサバイバル生活なんてしてないんだよなあ。どうして、ワタシにはチートとか無限の魔力とか、モテモテハーレムとかそういうのがないんだ。今さらながら、あまりにも理不尽すぎるし、サバイバルばっかりで全然ファンタジーしてないのは納得いかない。


「それじゃあ、レベルが上がるとなんかあんの?」


「取り込める魔素の量が増加し、それによって強力な魔法が使えるようになったり、身体強化もできるようになるな」


「それ、身体強化くらいならレベル1のワタシでもできるの?」


「できなくはないが、結局は魔素が必要じゃな」


 なるほど、どのみち魔法的なもんを使うためには魔素が必要ってことか。魔素はただレベルアップのために取り込むだけじゃなくて、魔法を使うためにもある程度は周りにも必要なのね。


「いかだで絶対干渉不可侵領域から少しでも出られるのならば、そなたに吾輩の魔法を伝授してやろうか?」


「えッ、いいの!?」


「問題なかろう。吾輩の知る限りの魔法をそなたに授けよう」


「お、おお!」


 これでようやくワタシも異世界に転生した感じが出てきたってわけだ。


 それにしても、今さらながら魔王の力を受け継いじゃったってなんかやばくない? これ、どっちかというと悪役の方のムーブだよね? こっからスムーズに正義の味方サイドに移行できる自信ないんだけど。

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