第35話:TS転生の醍醐味ってことぉ!?
「は? レベル上がらんが?」
いくら待てども、頭の上になんとなくあるような気がする概念、レベルが一向に変わらない。軽快なファンファーレもなく、依然としてレベルは0のままだ。あれ? まだ魔素が存在しない領域を抜けていないのか?
だけど、魔王の傷は魔素のおかげですっかり良くなっている。そんなはずはない。これは一体どういうことだ? まさか、ここまで来て、ワタシ自身にそういうバッドなステータスが付与されているとかいう、意味わからないバフなのかデバフなのか不明な主人公っぽいことが起きているのか?
ゆらゆらと呑気に揺れるいかだの上で、ワタシだけが戦々恐々としている。おい、じいさんと魔王がきょとんとしてるのもなんか違うだろ。もっとこう、なんか言ってよ、ワタシのレベルが上がらないことに恐れおののけよ(?)。
一応、ワタシ達の当初の目的は果たされてはいる。
いかだの試運航、そして、あわよくば、絶対干渉不可侵領域からの脱出。
それでも、未練がましく魔素を得ようと、よくわからんけど、空に向かって口をパクパクさせている奇妙な女と化したワタシを、とても冷ややかな眼差しで見つめていたじいさんがようやく口を開いた。何見てんじゃい、み、見てんじゃないよ、見せモンじゃないよ!
「もしかして、おぬしには魔素を取り込む機能がないのかもしれぬな」
「え、どういうことですか!?」
「火の民にはその機能がないのかもしれぬ」
「お、おい、じいさん、どういうことだ! それって火の民を創った張本人であるじいさんも知らなかったのか!?」
じいさんの肩を掴んで、じいさんぶんぶんお姉さんとして激しく振り回してみるが、そんなことしても無駄じゃ、というふうな無言のじいさんの、すんと達観した眼差しが余計に腹立つ。
「いや、いかにも火の民を創ったのは我じゃが、その存在定義を創ったのは別じゃ。魔素を取り込むことができない、という存在定義を付け足されたらそうなってしまうな」
「そ、そんな……」
力無くじいさんの肩をそっと離すと、目を回したじいさんがいかだから落ちそうになるが、今はそんなことはどーでもいい。「良くないぞ」
これで火の民が弱かった理由も判明した。
魔素を取り込めないなら、ワタシがいた世界の何の取り柄もない冴えないおっさんと同じだ。つまり、ただの元の冴えないおっさんであるワタシだ。魔法を使って何でもできるやつらに敵うはずがない。それは魔物に対しても同じだろう。人智を越えた能力を持つ魔物に対して、この小さな手はあまりにも無力だ。
もしかしたら、それらに対する精一杯の抵抗が、鍛えれば鍛えただけ向上するワタシの身体能力と、あっという間に傷が治ってしまう驚異の回復力なのかもしれない。ま、それでも滅びっちゃってるんだから、よっぽど弱かったなんだろうな。
「しかし、我が創造せし至高の存在であるはずの火の民がこのようなことに……」
だけど、むしろワタシよりもじいさんの落胆ぶりの方がすごかった。すんごいしょんぼりしとるやないか。
これ、もしかして、火の民の設計段階では魔素を取り込めていたんじゃないだろうか。じいさんの話しぶりだとそうなんだろう。
それをどこかの誰かさんが魔素を取り込めないようにした。
ここまで徹底してじいさんのことを隠そうとしたり、その意図に反しようとするのが垣間見えると、何かの陰謀めいたものを感じる。あまりにも壮大すぎて、いまいちピンとこないけど。
実際、じいさんは世界を創っている途中で封印されているみたいだし、こうして天界から追放もされている。その力の大部分も失っている。
この世界の創造の時、一体何が起きていたんだろうか。
そして、この世界の住人達はどうしてそれに気付かないのだろうか。
いや待て、今はこの世界のことはどうでもいい。そんなことよりも。
「ねえ、魔素さえ取り込めればワタシもレベルアップするんだよね?」
「そうじゃが」
「その方法ってないの?」
「魔素とは空気のように世界にごく普通に存在するもの。それは呼吸さえしていれば自然と身体に吸収されるのだ。それができないとは……」
もうこうなると完全に火の民を殺しにかかってる鬼畜仕様になっている。そこまでして、じいさんの創ったものを否定したいってどういうことだ? このじいさん、ずいぶんと嫌われ過ぎてやしないか?
「方法はあるぞ」
「え!? あるんすか!?」
「魔王、しかしそれは……」
予想外の魔王の言葉に浮き立つワタシに対して、なにやら浮かない表情のじいさん。なんだよ、そんなん、どう考えてもレベルが上がった方がいいやろがい。
「吾輩と交われ、ガルニート」
「ぱゃッ!?」変な声出た。
「ふ、ふざけんなよ、こんなところでそういうのやめろよ、ワタシはガチで悩んでんだぞ」
あんなん小粋な魔王ジョークだろ? ガチで応じちゃったら完全にアカンやつやったんやないの? 身体は美少女になったけど、ワタシ、心はまだおっさんだよ?
だけど。
「……吾輩の身体はもはや残り火だ、もういつ吹き消えてもおかしくない」
「ッ……」
魔王の表情は相変わらず不気味なままでワタシにはわからない。それでも、その言葉には冗談だとか欲情とかそんなもんは一切ないっていうのはわかった。……逆にウソでしょ?
「吾輩の精髄を移せばそなたは魔素を取り込むどころか、吾輩の力の一部を継承できるぞ」
「そんなのできるはずねえだろ。だって、それってつまり」
「吾輩の身体は砕け散るだろうな」
魔王の口調はいつもと変わらない。元々表情も読めないし、何考えてんのかわからないけど、今もガチで何言ってんのかわからなかった。
「安心せい、我はちゃんと後ろ見ておるから。決しておぬし達のまぐわいを見たりしないから」
「そういうことじゃないし、まぐわいとか言わないで!」
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