第4章:おっさん、出航する
第34話:作って出航!
本日は晴天なり。
今日は絶好の試運転日和だ。
「よっしゃ、いざ出航~!!」
「とは言っても、今までよりも少し遠くまで行ってみるだけじゃぞ」
改良と改修を重ねに重ねたワタシの渾身のいかだの乗り心地は上々で、大きな身体の魔王でも余裕で座れるくらいには快適だし、太い丸太同士が奇蹟のようにしっかりと固定されているおかげで安定感も抜群だ。ちょっとやそっとの波くらいじゃひっくり返る心配もないだろう。
この日のために丈夫なオールも作った。魔王とワタシで漕げばあっという間に絶対干渉不可侵領域を突破できるだろう。
いかだの中心に、水を入れた貝殻に浮かべた方位磁石をセットして、うん、ちょっと不格好だけどちゃんと磁石になっている、大丈夫だ。
じいさん曰く、絶対干渉不可侵領域、と呼ばれる魔素が一切存在しない領域は、この島を中心にして、歪な楕円の形、つまり、右足の形となっているらしい。
じいさんの足の中心から、土踏まずの方に進めば、最短ルートでこの領域を出られる。そうすれば、魔王の傷は回復するかもしれないし、ワタシのレベルもちょっとは上がるかもしれない。なんかそれっぽい魔法とか覚えたりしないかなあ。
「我は距離感ならば大体把握できるが、それをどうやってそなたらに示せばいいのかわからぬ」
「そこは大丈夫、とにかく最短ルートを真っすぐ進みたいから、最初に方角を教えてくれればワタシが島を見ることができるから、方位磁石で進むべき方向はわかる」
地道な訓練のおかげでワタシの視力はずいぶんと遠くまで見通せるようになった。普通なら月明かりに隠れて見えないような小さな星の位置すらもほとんどわかるようになったくらいだ。身体の大きな魔王に肩車してもらえばもっと遠くまで離れても島を見ることができる。
今回、食糧は最低限の物だけを摘んできた。今日は島からあまり離れないつもりだし、実際、どれくらいの時間で絶対干渉不可侵領域を抜けられるのかはやってみないとわからない。もしも、今日だけじゃそこまでたどり着かなくても、無理せずに潔く引き返すつもりだ。
まだ長期的な航海に必要な物もわかっていないんだ。あくまで、今回はいかだの試運転、ってことで。
……と、ワタシは思っていたんだけど。
「そろそろ絶対干渉不可侵領域を抜けるぞ」
「案外あっさり出られるのかい!」
土踏まずがしっかりしているのは健康の証らしい。絶対干渉不可侵領域が綺麗な足形をしてるんだぜ。これ、誰も気付かなかったの?
ま、まあ、なんにせよだ、少しでも魔素がある場所に出られれば魔王の傷も少しは回復するかもしれない。ファンタジーの全てを否定するようなこのふざけた領域から一刻も早く出られるなら、それに越したことはない。
振り返ってみても、目をじっと凝らせばまだ島は見える。さすがに泳いでここまで来るのは無理かもしれないけど、魔王の傷の回復のためにももっと早く挑戦してみても良かったのでは?
「ちなみに、この領域から出るときってなんか起きたりすんの?」
「この領域の外は魔素が満ちている場所じゃ。初めて魔素を浴びるおぬしがどうなるかは我にもわからぬ」
「これは魔素の濃度が地上よりも濃い魔界の話だが、レベルの低い者が魔界に立ち入った場合……」
「お、おい、ど、どうなるんだよ……」ごくり、思わせぶりな魔王の言葉に息を吞む。
「爆散する」
「そんな爆発オチみたいな感じなの!?」
この世界観面白過ぎないか!? こういう時だけファンタジー……いや、ギャグ次元出してくるのは反則ではなかろうか!?
「ワタシ、帰る!」
「いや、もう出ちゃうぞ」
「ヤダッ、離して! こんなところで爆散したくない!」
「何を今さらそんなわがままを」
「しっかり掴まれ(?)、いよいよじゃ!」
「いやああああああああッ!!!!」
問答無用でオールを手繰る魔王。いかだが白波を立てながら勢いよく全速前進。暴れるワタシの肩を掴むじいさん。ねえ、なんでこういう時に限って魔王はウキウキで突き進もうとしてるの!? ねえええええええええ!! ワタシの話も聞けってばあああああああああ!!
迫り来る爆散の恐怖に思わずキュッと目をきつく瞑る。来るなら来い、どうせなら全員巻き込んで爆散してやる!
「……安心するのじゃ、ガルニート、無事に抜けたぞ」
「……ふぇ?」ちょっと涙目になりながら。
ガチで死ぬかと思って大騒ぎした割には案外何ともなかった。良かった、まだ爆発四散してない。つまり、この辺りの魔素はそんなに濃くないってことか。ガチで死ぬかと思った。今もまだ五体満足で本当に良かった。
だけど。
おそるおそる目を開けると。
やたらと凪いだ海。いつもと変わらない青い空と白い雲。それを見上げる魔王とじいさん。
絶対干渉不可侵領域を抜けたとは言われても、ワタシには何が変わったのかわからなかった。あれ? 魔素を取り込んで今までの修行の分、一気にレベルアップするんじゃねえの?「そこまでは言っとらん」
だけど、その恩恵を一番受けたのはワタシではなく。
「おお、これこそ魔素の音~」
「魔王、ねえ、そんなのどこで覚えたの?」
「魔素は――、まだガンには効かぬがそのうち効くようになる」
「じいさんも急にどうした?」
けど、そんなことを言っている間にも魔王の身体がみるみるうちに癒えていく。
身体のあちこちにあったひび割れも、脇腹の大きな穴も、そこから噴き出していた黒い煙も、まるで映像がゆっくり逆再生しているかのようにどんどん消えていく。ワタシは今まさに、魔物と魔素、この世界のファンタジー要素の一端を垣間見ている。
「よかった、これで魔王は助かったんだよな?」
「うむ……」
なんかようやく異世界に転生して来たんだという実感が、じわじわと、もしかしたら数年越しに湧いてきた。ワタシはここに転生してどれくらい経ったのかすらわからない。もう、はじめて転生して来た時のつるぺた幼女ではなくなっていることだけが、ワタシの時を確かに刻んでいる実感としてあるだけだ。
あまりにも遅すぎるファンタジー感。ようやく出てきた魔法っぽい要素。そして、案外あっさりとした魔王の復活。
これ、本当にファンタジーで合ってるんだよね? 未だに無人島脱出サバイバルドッキリをちょっとだけ疑っている自分がいるんだけど。
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