第33話:船出の時は方位磁石とともに
炉の炎が落ち着いてしばらくした後、魔王がくすぶる溶鉱炉の中から取り出したのは。
「どうやら成功したようだ」
そこにあったのは、小さくて黒ずんだ塊だった。
見た目はその辺に転がっている石とそんなに変わらない。金属のクセにきらきらもしていない。魔王がその大きな手のひらに乗せているもんだから余計にちっぽけに見える。
「精製できたのはこれだけか」
散々頑張って、あれだけの時間と手間をかけたのに、得られた金属はたったこれっぽっちとか、せっかくの魔王の頑張りが報われないぞ!
「これだけあれば、ひとまず方位磁石を作るのは問題なかろう」
「で、でも、包丁とかフライパンとかザルとか鍋とか」
「調理器具ばっかりじゃな」
「そ、それに、斧とかハンマーとかバールのような物とか作れるんじゃないかって思ってたのに」
「案外強欲だな、ガルニートは」
ワタシは実際に金属の精製を間近で見たことがない。だからこそ、こんなに苦労して得られたものがこれだけしかない、という落胆が、あまりにも場違いで身勝手な解釈違いだってことは自分でもよくわかってる。
「我らは謂わば、無から有を生み出したのじゃ、これは神の所業にも等しきすごいことじゃぞ」
「いや、わかってるって。魔王もじいさんも本当にすごいよ」
これはワタシの心からの本心だ。実際、ワタシ達(ほとんど魔王の功績だけど)が成し遂げたことは素晴らしいことだと思っている。こんな何もない無人島で金属を精製できたんだ、誰がどう見ても教科書に載るくらいの偉業やろがい。
自分が普段何気なく使っていた物がこんなにも大変な工程を経て作られていた。まあ、実際には工業化とか機械化とかもあるから少し違いはあるだろうけど。それでもだ、それを当たり前のように享受できていた現代社会の便利さと傲慢さが改めて身に染みた。
当たり前は当たり前じゃない。
誰かの普通は誰かの普通じゃない。
そんな誰でも知っているようなことに、今さら気付くなんて。
こんな冴えないおっさんにだって、たまには学びの瞬間もある。こういうの大事よ。歳を重ねて大人になっていくとこんなことにも気付かないこともあるんだもん。
「この金属は魔素を持たぬが、魔力を蓄えることができる特殊な金属だ、これだけでも相当の価値はあるぞ」
「おいおい、魔王さんよ~、何を言ってるんだい? 魔力よりも今は磁力を蓄える方が大事でしょ」
「すっかり魔力のない生活に甘んじておる」
「貴重な金属も、使うものが無人島暮らしのガルニートではこんなもんじゃろ」
「異世界転生しても魔法とかそれっぽいのに触れてこなかった現代人の悲しい性のせいです~!」
「言い訳が切実すぎて何も言い返せぬ」
なんか急にじいさんを初めて言い負かしたけど、完全に自虐ネタなのでどうにも釈然とはしない。ガチで自力での無人島脱出に早い段階から舵を切った時点で、もうそのへんは吹っ切れてはいるけどね。異世界に来て魔法も使えないなんて思わなかったよ!
「とりあえず加熱して叩いてみよう」
「鋼は熱いうちに打て、じゃぞ」
「あ、異世界にも似たような言葉あるんだ!」……いや、今のは完全にそのまんまの意味か。
魔王は溶鉱炉に小さな金属の塊を入れて、赤熱しているその小さな石のような金属を剣の柄の方で思いっきり叩いてみる。キンッと小気味良い音が鳴り響きながら火花が散った。
「ふむ、まだ不純物が含まれているようじゃな。魔王、金属を形成するついでに精製度も上げておくのじゃ」
「なるほど、わかった」
しばらく魔王がそれをときおり溶鉱炉で熱しながら根気よく叩いていると、激しく火花を散らしていた金属片が少しずつ形を変えていって、次第に薄くなっていく。
そして――
「こ、これが異世界の金属か」
ワタシが貝殻を使っておそるおそる摘まみ上げたのは、少し不格好だけど細く薄く伸ばされた金属片。もちろんまだちゃんと磨かれていないそれは、金属特有の光沢もなく、そして、相変わらず真っ黒だった。ワタシが思っていた感じとはまた違うけど、確かにこれは金属だ。そう、おそらくこの無人島始まって以来の加工できる金属に他ならなかった。
「これにはまだ磁性はないが、杖の欠片で磁性を付与すれば方位磁石になるだろう」
確かにこれはちっぽけで、ワタシ達にとっては方位磁石以外には役に立たない。はじめは、あれだけの手間と時間を掛けたのにたったこれっぽちか、とも思ってしまったけどさ。
だけどもさ、よく考えてみたら、この文明のへったくれも何もなかった無人島で、ここまでできるなんて誰が思うだろうか。ワタシを異世界転生して放っておいてやがるヤツにもドヤ顔で見せてやりたいよ。ワタシはこの文明も剣も魔法もない無人島で、神とか名乗るじいさんと、勇者に負けた魔王を仲間にしてよくやってる方だよ。
これで、あとはこの島から脱出するだけだ。ようやく、ワタシの異世界転生系俺TUEEEEハーレム無双な最強チートな物語が始まるのだ。「ここまできて、そんなに男子の理想がぎっちり詰まった物語になるかのう?」「なるもん!」
あとは、魔王が薄く伸ばしてくれた金属片を磨いて方位磁石の針の形にするだけだ。
この方位磁石と、じいさんの世界の位置がわかるという能力、そして、ワタシの視力が合わされば最強に見える。なんだったらこの島から出なくてもいいまである。
だけど、それでも、ワタシ達にはこの島から出て叶えたい夢があるのだ。
ワタシ達は世界を知りたい、酒、女、暴力、世界を見たい、そう、何の因果かこの世界に生まれ落ちたからにはこの世界を冒険したいに決まっている。「なんか途中、変なの挟まってなかったか、ガルニート?」「な、何のことやら?」
そのために今まで頑張って生き抜いてきたまである。そして、ようやくここまでたどり着いたのだ。
「もうそろそろ船もできる」
いよいよワタシ達の船出の時は近い。
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