第32話:文明開化の音がする

「無事でなにより」


「奇跡の生還を果たしたワタシ達に対してかっるいな、感想が!」


 ワタシ達はなんとか砂浜の拠点に帰還した。


 何事もなかったかのように、まったりと帰ってきた釣果ゼロのボウズのじいさんに軽い殺意を覚えながらも、そんな気力も体力も完全に尽きているワタシ達は、ふらふらと寝床へと向かう。


 普段は寝ない、と豪語している魔王でさえ小さな寝床に倒れ込んだ。ワタシをかばって土砂を全身に浴びた魔王は、黒煙を噴き出している脇腹だけじゃなくて、おそらく全身が重傷だ。とにかく、魔王はひとまず休んでもろて。


 ワタシは山の状況を見て、偶然見つけた粘土層や、大切な水資源である泉の様子を見に行かなくちゃいけない。魔王に果物もおねだりされちゃったしな。


「じいさんは大丈夫だったか?」


「見ての通りじゃ、奇蹟もあるもんじゃな」


「どっちかというと数々の奇蹟を起こす側のじいさんが言うのが、なんかちょっともやもやするな」


 魔王のケガはひどいけど、みんな命だけは助かったみたいでよかった。死んでしまったらどうしようもないけど、生きてさえいればなんとかなるかもしれない。とにかくここは、魔素が必要な魔王のためにもこの島からの脱出を急がねば。


「ねええええええええええ、ワタシ、休んでって言ったよね!?」


「しかし、どうも動いてないと落ち着かなくてな」


「そんな体力があり余ってる運動部の男子高校生みたいなのやめてよ! 魔王、アンタ、めちゃくちゃケガしてるんだよ? ねえ、そういうのわかってる?」


「ガルニート、おぬし、お母さんみたいになっておるぞ?」


「じいさんは黙ってて!」


 魔王がガンガン動いちゃう件。


 ケガが良くなるまでは山には立ち入らないようにって言ってたのに。


 さっそく粘土を掘りに行っちゃうわ、泉の様子も見てきちゃうわ、ついでに、泉の周りも石を積んでこれ以上崩れてしまわないように補強してきていた。もうそれ、動けるやつの仕事量なのよ。


 ワタシの忠告なんて聞きやしない魔王は、さっそく粘土を使って、砂浜に積み上げた石の隙間を埋めていく。「ワタシはもう諦めたよ。もう知らない! アンタの勝手にしな!」「急にオカン出てきたな」


 そして、粘土の乾燥と焼き入れ、創造神の杖の欠片でのささやかな耐火性能の付与を、じっくり数日かけて行い……


「こ、これが溶鉱炉か…………溶鉱炉なんだ~……」


「おぬし、さっぱりピンときておらぬな?」


 ついに完成したようだ。いや、実際じいさんの言う通りよくわからんけれども。


 何の変哲もない砂浜に出現したのは(いや、制作過程はちゃんと見てたけど)、積み上げられた石と粘土、そして、魔王の魔界製の鎧を使って作られた巨大建造物。


「じいさんのアドバイスで、煙突と空気の送り穴も作ったぞ」


「我は効率のよい燃焼のために必要なことを言ってみただけじゃ」


「元創造神のじいさんはともかく、さては魔王って結構頭いいな!?」


 鎧の一部だけが煙突として穴が開いたままになっているし、空気を送り込むための構造もちゃんと用意してある。これ、結構本格的なんじゃないか?

もちろんこの島で一番大きい人工物だ。これだけでも十分に壮観だ。だけど、これはただのオブジェじゃない。これからこれを使って金属を精製するのだ。


「とりあえず、岩を細かく砕いて溶鉱炉に入れてみよう」


「砕いた岩は砂と交互にできるだけ平らに敷き詰めるのじゃ」


「よ、よくわからんが、がんばえ~、魔王~!」


 もう詳しいことはこのふたりに任せよう。ワタシは黙って後方腕組み彼氏面で支援だ。


 溶鉱炉の内部の機構を知るのはもはや魔王だけだ。ワタシにはもう、魔王が何やってるのかさっぱりわからない。なんか色々準備やら必要なことがあるみたいだ。


「あとはひたすら燃料となる木炭を燃やしながら空気を送り込むだけだ」


 なんか魔王はじいさんと一緒に炉の中に効率よく空気を送り込む謎の道具も作っていたらしい。じいさんは確か、ふいご、とか言ってたな。魔王、有能か?


 焚き火と木炭の山を囲むように作られた石と粘土と魔王の鎧製の溶鉱炉に、ついに火を受け入れる準備が整った。大きな葉と柔軟な木材で作った簡易ふいごが炉の側に置かれ、手製の貝殻のノズルが炉の通気孔に差し込まれている。


 そして、いよいよ溶鉱炉に火が投げ入れられる。


 魔王は慎重に火種を木炭の山の中に滑り込ませ、じっと動かず、息を潜めてその瞬間を待つ。火種が木炭に触れると、最初は小さな光がチロチロと揺れていたけど、しばらくすると、ほんのりとした橙色が揺れて、次第に炉の中へと広がり始めた。魔王がゆっくりとふいごの操作を開始すると、力強い一吹きで一気に炎が燃え上がった。真っ暗だった炉内は、突然、鮮やかな橙色と赤色の炎で満たされ、その輝きが周囲の石壁に踊る影を作り出した。


 燃え盛る炎は、しばしば天に向かって伸び、炉の内部を一層明るくし、その熱が魔王の顔に届くほどになったけど、魔王は全く気にしていない。炎が石壁を舐めるように燃え広がり、木炭が次々と火を受けて真っ赤に輝き始めた。木炭の表面が白くなり、次第に崩れ落ちると、その中から炭の灰がふわりと舞い上がった。


「やったか!?」決してフラグではない。


 ワタシは思わず歓喜の声を上げた。いや、まだだ、まだ火が点いただけだ。


 ワタシ達は炎から離れているはずなのに、その空気を焦がすほどの猛烈な熱気が汗となってワタシ達の身体を伝い、その真っ白な輝きが目に涙を浮かべさせた。木材のパチパチという音が周囲に響き、燃え上がる炎が奏でる狂想曲に加わった。


 ふいごを動かすたびに、空気が勢いよく送り込まれ、炉内の温度がさらに上昇していく。赤熱した石が輝き、炉の内部はまるで生き物のように脈打っていた。


 炎の光と熱が、無人島の空気を押しのけ、暖かく包み込むように広がっていく。木炭の香ばしい香りとともに、金属の精製がなんとなく成功するような気がした。


 ワタシは木炭を運ぶ一瞬ふと立ち止まり、燃え上がる炎をじっと見つめた。


 しゅ、しゅごい。これ、テレビとかで観たことあるやつや。


 よし、溶鉱炉の耐火性能は上々らしい。しっかりと内部にある魔王の鎧と杖の欠片による耐火性が機能しているみたいだ。


 勝負はこれからだ。


 ここからは、溶鉱炉の中を金属が溶け出すほどの高温を保ち続ける作業だ。そして、耐火スキルなんて持ち合わせていないワタシとじいさんはこの作業において全く役に立たない。


 ワタシとじいさんは、この日のためにあらかじめ用意していた大量の木炭を魔王のもとに運び込む係だ。というか、もうこうなるとワタシ達にはこれしかできない。あんなところに近づいても足手まといになるだけだ。


 煙突からは煙と一緒に時おり赤い炎が噴き出し、周囲の空気すら熱くさせている。


 それでも、こんなに間近で金属も溶かさんとするほどの高温の炎を浴びてなお、魔王は淡々と作業を続けていた。改めて、魔界生まれの魔王ってスゲー、って思った。


 ゴリゴリの環境破壊をしながら作業を続けること、もう日も暮れかけている。これだけやったんだ、フライパンくらいは作れるくらいは精製できていてほしいが、はたして。


「で、できたのか……?」


「うむ、どうやら、これが金属らしい」


「お、おお! ……お、おお? おぉん?」


「お、だけで、ガルニートは色んな感情を表現できるのだな」

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