第29話:ワタシ達のこれからは

 ひとまず料理の味付けに関してはおいおい研究するとして。


 それよりも、今は魔王が採ってきてくれた岩の方をなんとかしてみよう。こっちの方が現実的な気がする。


 一つ一つがワタシの頭くらいあるごつごつした大きな黒い岩。森に落ちている石と何が違うのかはワタシにはわからないけど、これをなんとかかんとかすれば金属を精製して、それを磁石にできる……という説もある。諸説ある。


 方位磁石は、水の中に浮かべて方向を確認できればいい。


 精製された金属がほんの僅かでも、それが加工しやすくて薄くできればもう方位磁石としては完璧だ。


「なーなー、魔王は金属の精製方法ってなんか知ってたりするの?」


「吾輩も金属に関しては魔法的な錬成がほとんどで、人間どもが行っていたような金属の精製はあまり詳しくはないのだ」


 金属の精製については全くと言っていいほど知識がない。高温で岩を溶かせばいいんじゃねえの? くらいの知識だ。


「だが、この鎧を使って溶鉱炉を作ってみようと思う」


「ん? この魔王が着けていた鎧だよな? でも、これって島の物じゃ加工できないんじゃ……」


「無論。この鎧はどんな攻撃にも耐えられるはずだった。それをあの勇者は……」


「あ……」やべ、地雷踏んだ。


 とにかく金属については、また勇者への恨み辛み嫉みを吐き出し始めた魔王に頼るしかなさそうだ。包丁やフライパン、とまではいかずとも、精製した金属と杖の欠片を使って磁石ができれば、それだけでぐっと行動の幅が広がるはずだ。特に、海に出るときにさらに遠くを目指せる。もしかしたら、少しだけでも、ワタシ達を苦しめる絶対干渉不可侵領域から出られるかもしれない。


「つまりだ、」


「あ、は、はいっ」ようやく気を持ち直したみたいだ。


「この鎧はどんな攻撃にも耐え、魔界の業火の高温でも溶けることはない、」


「なるほど?」話をちゃんと聞いていた感じは出しておこう。


「この鎧は溶鉱炉になり得る」


「お、おおッ!…………おぉん?」


「ガルニート、話聞いてなかったな? とにかくだ、高温を維持できる炉を作り、何か精製できるか試してみようぞ」


「す、すいません。お詫びと言っちゃなんだけど、溶鉱炉作りはもちろん手伝うよ。けどさ、火の扱いは魔王に任せてもいい?」


「無論だ、ほとんど裸同然の少女に高温の炎の扱いは難しいだろう」


「ま、魔王もそう思っていたんだ!?」


 これまで普通に接してきていたのが逆に恥ずかしい。これじゃあ、まるっきり痴女じゃん! ねえええええ、お願いだから誰かそろそろ服の作り方を教えて!


「そういう恰好が好きでしていたわけではないのか?」


「んなわけあるか! ワタシはただのおっさんだぞ! こんな恰好するなんてただの痴女かソシャゲのどこ防御してるのかわからん美少女くらいだ!」 


「す、すまぬ。まさかそんなに気にしていたとは」


「いい感じの布があればすぐにでもちゃんとした服作るわい!」


 この島に生息するのがもふもふすぎるという諸事情により、動物を狩ることができないこの島では、糸を紡ぐことはとても難しい。


 なんとか木の繊維で、糸、というよりは紐みたいなものは作ることができたけど、それ以上のことはワタシの知識だけでは無理だった。まあ、ずっとこうだったからこの格好にも慣れてしまったし、動きやすさは正義、ということですっかり現状に甘んじてしまっていたが、魔王にもただの露出狂だと思われていたなら、何かお肌の露出対策をしなくちゃいけない。


 やっぱり、山の山頂を目指したときみたいに葉っぱでポンチョを作るか、紐にする前の紙で服を作ってみるか。せめて、プライベートゾーンだけはしっかり隠したい。島唯一の美少女が露出狂は絵面がだいぶマズい。ただの薄い本やないか。


 ……いかんいかん、ついつい感情的になって話が大幅に脱線してしまった。それでも、それほどまでにワタシのコスチューム問題は由々しき事態だと理解してもらえたら十分です。この世界に来てからずっと解決してないからね? どういうこと?


 というわけで、話を元に戻すと。


 どうやら、石から金属を溶かし出せるほどの溶鉱炉を作るにはまず、熱が逃げないような構造のかまどが必要らしい。考えてみれば当然だろう。せっかく高温にしたいのにそれが逃げてしまっては一向に温度が上がりようがないからな。


 その点は魔王が身に着けていた鎧がその役割を果たしてくれるけど、それでも、いたるところにダメージがある鎧だけでは十分とは言えなさそうだ。この鎧の破損部分を埋めつつ、それでいて高温に耐えて、しかも熱が逃げないようにしなければいけない。


「島の物だけでそんなことできるの?」


「わからぬ。この島に粘土はあるだろうか、じいさん」


「この島に火山灰が降り注いでいるならば、地中に粘土があるかもしれぬな」


「その粘土で積み上げた石の隙間を塞いで炉を作れば、高温を出せるかもしれない」


「その炉に杖の破片で耐火性能を付与すればもっと効率が上がるかもしれぬな」


「ま、魔王ッ! すごいじゃん! 何でも知ってるじゃん! そして、じいさんの杖の欠片もすごいじゃん!」


「ふっ、吾輩にも……いや、過去は語らないでおこう、萎えられては今後の子作りに」


「影響しねえよ! 子作りしねえよ!」


 何なんだ、こいつら。娯楽がないとヤることは一つしかないってか、やかましいわ。どこの田舎じゃい。働け! ムラムラする暇もないくらい働くんだよ!


 魔王は山に粘土掘りに、じいさんは海へ魚を釣りに、そして、ワタシは、船造りや紙作りに出かけて行きました。童話かな? 全然めでたしめでたしじゃないし、登場人物の過半数が超然的すぎる。


「なあ、魔王はこの島から出たらどうする気だ? また世界征服でも企むつもりか?」


「それもいいかもしれないが、見ての通り吾輩の身体はもう長くは持たん。今の吾輩に魔を統べる力はない」


 魔王は砂浜に掘った結構な深さの穴に、山頂付近から運んできた大きな石を運び込みながら、ふらりとそう答えた。そのあまりにも素っ気ない返事がなんだか意外で、あのたまに出ちゃう未練がましいのは何だったんだろうとも思ってしまう。


「しかし、この島から出られればまた魔素を取り込み、復活できるかもしれんな」


「おい、それって……」


「安心しろ、復活といってもかつての力を取り戻せるわけではない」


 魔王は大きな石を穴の周りに崩れないような絶妙な組み合わせで積みながら、なんとなくそれっぽい形にしていく。それでも、まだ下の方が積み上がっただけで、粘土や砂での接着を兼ねた隙間埋めもできていない。


 これは地道な作業になりそうだ、ワタシにはこんなに大きな石を持つことはできなさそうだから、粘土での補強を担当しよう。まだ、粘土は見つかっていないみたいだったけどね。明日からはワタシも粘土探しを手伝おう。


「まあ、魔王が死なないならいいんだけどさ」


 魔王はもう世界征服なんて企んでいない。なんとなくだけどさ、ワタシにはそう思えた。魔王はもう、この世界にも、自分の壮大な野望にも未練なんてない。もしかしたら、自分の命さえも。


「優しいのだな、吾輩のような者にも」


「残念ながら、ワタシもじいさんもアンタが何をしたか知らないんだよね。だから、アンタはアンタ、それ以上でもそれ以下でもない」


「吾輩は純粋たる悪だ、過去など決して語らぬぞ」


「はは、それでこそ我らが魔王だ!」


「吾輩は、吾輩がいないこの世界を見てみようと思う。この世界がどう変わるのか、それを見届けようぞ」


「それは我も同じじゃ、我はこの世界を知らぬ。それを見て回るのは楽しいじゃろうな」


「なんとなく目的はみんな同じだな、この世界を見たい、知りたい、美少女と出会いたい、ってさ」


「最後のはおぬしだけじゃな」

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