第28話:はじめてのファンタジーっぽいやつ
「これはこの世界に存在する森羅万象に触れたものじゃ」
「つまり、これには世界の全ての要素が含まれている可能性がある」
手のひらに収まるくらいの、今にも崩れてしまいそうなほどに古ぼけた木の破片。
こんな物が、世界を創った神の持ち物、だなんて、そんなにすごいもんには見えない。だけど、それでも、もしそうだとしたら、この世界にとってとてつもないお宝なはずじゃないのか。いくらこの無人島の領域が忌み嫌われていて、火口に行くのがとても難しいとしても、さすがにワタシ達が手に入れられちゃうって、何かおかしくないか?
「とはいってもこれは触れていただけで、しかもこんなに小さな欠片じゃ。大した力はないじゃろ」
じいさんはじいさんで、自分が創ったはずの世界が不自然に捻じ曲げられていることにすら、さしたる興味も関心もないようだった。この世界の在り方をありのままに受け入れる。ある意味で超然としていて、神様らしいっちゃ神様らしいけどさ。
だけど、ワタシはなんとなく納得がいかないままだった。最初に違和感を覚えたときからずっとモヤモヤしっぱなしだった。
もちろん、じいさんとずっと一緒に生活してきたこともある。
もちろん、この世界のことを何も知らないのもある。
もちろん、理不尽なワタシの異世界転生に抗議したい気持ちもある。
だけど、それだけじゃなくて、この世界の何かがおかしい。そのことをある意味で究極の部外者であるワタシだけが気付いているのか。それを確かめなければならない。
「我は万物を創造したが、それらがどう機能し、どう生きるかまでには至らなかった」
「じゃあ、あの罠にかけた動物はどうやったんだ? 行動を知らなきゃ罠も上手く作れないじゃん」
魔王なきこの異世界に転生してしまったワタシの目的は決まった。
ワタシは、この世界を知る。
この世界の在り方を。
この世界の真実を。
「創ったのじゃから、それがどう生きているのかはなんとなく想像はつく。どう行動するかは知らなくても推測はできるじゃろ」
「そうなのかな?」
つまり、じいさんはやっぱりこの世界を創りかけで封印されてしまった。それなら、もしかしたら、じいさんの予想外の行動をしている物があるかもしれないな。動くはずのない植物が動いたり、飛ぶはずのない動物が空を飛んでいたり。きっと、こういうのは、この世界の住民じゃなくて、ワタシみたいなよそ者しか気付けないんだろうな。
「では、世界に神髄を打ち込んだ神が他にいる、ということか」
「そうじゃな。そして、そやつこそがこの世界の神となったのであろうな」
「なるほど、大体理解したぜ」……つまりどういうことだってばよ。
この世界を手中に収めようとしていた魔王すら、この世界の真実に気付けなかった。巧妙に隠されたこの世界の真の姿。うーん、謎が謎を呼ぶ、なんかそれっぽい感じになってきたんじゃねえの? まあ、真実を暴く前にまずはこの島から脱出しないとダメなんだけどね。
というわけで。
このきったねえ杖の欠片の話に戻ろう。
「で、この杖の欠片で何ができるの?」
「なんでもできるぞ、なにせ、世界の全てと触れていたのだからな」
……と言われましても、ここまで一切ファンタジーっぽいものに触れてこなかったんだ。世界の全てと触れていたって言われても、なんだか壮大すぎていまいちピンとこない。
「あ、これ、もしかして磁石とかになったりしない?」
「それはできるかもしれぬが、この欠片だけでは心許ない。これを金属に当てて磁性を帯びさせることができそうじゃ」
お、でも、それなら、ここの岩に偶然雷が落ちるのを気長に待つ、みたいなアホなことはしなくてもよさそうだ。元々、磁石無しで航海を始めようとしていたけど、ちゃんとした道具が作れそうなのは心強い限りだ。じいさんの世界把握、ワタシの視力、そして、方位磁石さえあれば、もう航海は万全だろう。
「魔法のアイテムっぽいのって初めてだな」
「魔法というよりは神器じゃがな」
とりあえず実践も兼ねてこの杖の欠片について色々試してみた。
ちょっとした火が出せる。けど、杖自体も少し焦げるから多用はできない。これを応用して水を温めることもできたけど、なんか汚いし、普通にたき火でお湯を沸かした方が早い。
触れることで物を切ることができる。けど、切るというよりはちょっとした傷をつけるくらいだ。大木を切り倒すまでには至らない。うっかりすると指切ったりするから取り扱いには注意だ。
植物を生やすことができる。らしいけど、当たり前だがこの世界の植物限定で、ワタシもじいさんもどんな植物なら安全に食べられるかわからなくて、魔王に至っては魔界の危険な植物しか知らなかった。もっと食べ物のバリエーションが増えてくれればありがたかったんだけどなあ。米が食いてえ。
静電気くらいのピリッとした放電ができる。電力として使うにはいささか出力が足りない。これで金属に磁性を与えられるのだろう。
あとは、ちょっと穴を掘るとか、小さな物を動かせるとか、砂みたいに小さな石が出せるとか、そんなよくわからないもんばっかりだった。
ワタシの浅い知識じゃこれを上手に扱いきれんな。もっと柔軟な発想ができればうまく使いこなせるだろうか。おっさんの凝り固まった頭じゃ厳しいか。
つまり、これは。
なんか、魔法のアイテムっぽい魔力を使わないすごいアイテムを手に入れたらしい。色々なことが微妙に役立たないくらいの出力でちょっとずつできる。微妙にままならないな。
でも、この破片の真骨頂は、直接使うことじゃなくて、その概念をちょっとだけ他の物に付与できるところだ。
たとえば、石を割って作った脆いはずの包丁の切れ味がちょっと良くなったり、貝殻製のフライパンの強度が上がったり、味付けに塩味だけじゃなくて、足りなかった甘みを足してコクが出たり、低温調理でちょっと料理が美味しくなったり。今んとこ料理関係でしか活かせてないけど、まさに万能調味料のような安心感だ。
「もっとこう、活かし方あるのではないか?」
「すまんな、魔王。これ、料理に最適だわ」
「まるでいい出汁が出る乾物のような扱いじゃな」
ただ、頑丈な魔王の鎧を加工できるほどの力はなかったし、魔素を生み出す、みたいなこともできなかった。じいさん曰く、顕現できるのはこの場所に存在しうる概念だけらしい。ということは、この島から出れば魔法も撃てないこともないのか。
この世界に存在するどんな機能も色んなものにちょっとだけ付与できるんだ、何かしら使い道があるはずだ。それは少しずつ探っていこう。そうだ、お酢のようなまろやかさも欲しいな。
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