第27話:異世界転生事情はややこしい
「ちなみに、魔王は異世界転生とか転生者について何かご存知で?」
「知らぬ。が、ただ、配下の報告で、勇者の仲間を寝取ろうとした、服装も何を言っているのかも支離滅裂な者がいると聞いたな」
「それ、絶対転生者だ! 余計なことしやがって! 健全に(?)サバイバル生活してる転生者のことも考えて行動してよ!」
つまり、転生者は他にもいる。そして、そいつはめちゃくちゃ迷惑を掛けている。
同じ転生者として、本当に申し訳ない。おっさんは悲しいよ。もう少し落ち着こ? ね? 転生してはしゃぎたい気持ちもわかるけどさ、郷に入っては郷に従えって言うじゃん。いくら、チートで最強無双してて、美少女ハーレムだとしても、他人に迷惑かけちゃいかんって。
これ、転生してきたのってたぶん中高生くらいの若者だろ。社会の理不尽さに荒んでしまった大人のおっさんはもっとこう、謙虚に、社会常識をわきまえつつ、ついついうっかり無双しちまうもんだ。大人版、オレ、なんかやっちゃいました? だ。
万が一にもそいつとどこかで出会っても、きっとなんか説教みたいになっちゃうかもしれないし、できればお近づきにならない方がいいだろう。今のワタシは美少女だ、変に言い寄られても鬱陶しいし。
「ワ、ワタシはそういうことしないから!」
「わかっている、もっと互いのことを知ってから、だな」
「寝取る方じゃねえよ!」
とにかく、この世界にはワタシの他にも転生者がいることがわかった。もしかして、転生者って案外ポピュラーな存在なのか? ほいほい転生したり召喚されちゃったりするもんなのか? いや、うたた寝してただけのおっさんを簡単に転生させるのはさすがにどうかとも思うけど。その辺りはワタシをここに転生させたやつに小一時間問い詰めたいと思う。
「なあ、魔王、その剣とか鎧って、もしかして珍しい金属だったりしない?」
「そうだが、しかし、これは魔界の業火で鍛え上げた代物だ。生半可な道具では傷一つ付かぬぞ」
「ダ、ダメか」
この島にも金属という最高の素材が来たっていうのに、ワタシ達にはそれを活かす術がない。
あの剣や鎧を加工できれば、もっといい道具が作れそうなのに。もはや自分がそれを装備するとかしないとかそういうのは一旦置いておくことにした。魔王の装備とか絶対ヤバいけど、今は自分の生活の方が大事だ。あんな重そうなもん装備してたら漁に出られないしな。
「吾輩の最後の魔力を使えばなんとかならんこともないが」
「それは最後の手段に取っといて!」
魔王の最後の力で作り出したフライパンとか荷が重すぎる。もっと、いのちだいじに!
「金属が欲しいのか、ガルニート」
「うん、金属っていうか、もっといい道具を作りたくてね」
「ふむ、なるほど」
魔王は何かを考えるようにしばらく俯いていたけど、ふと顔を上げた。
「それならば」
「お、なんかいいアイディアでもあるの?」
「うむ、ここは火山島なのだろう? 吾輩が火口に行ってみよう」
「火口? あんなところになんかありそうなの?」
「いかにも。ここが火山島だというのもそうだが、火口からは何かの気配がする。ガルニートはあそこには立ち入ったことはないのだろう?」
「うん、さすがにワタシじゃ無理だった」
というか、下っていけるかもしれないけど、戻って来れる自信がなかった。この火口からマグマが噴火したのはずっと昔のことだったのだろう。今はすっかり草木が生えてしまっていて、島の中心で大きく落ち窪んでいなければ、ここがかつては猛威を振るっていた火山だとは思わないだろう。
だけど、それでも、火口を下るにはごつごつした岩が突き出た頼りない斜面にしがみつきながら降りていくしかない。
たとえ命綱を付けていたとしても、いつ崩れるかわからない、それだけで十分すぎるほど危険だ。しかも、火口から戻るにはもう一度死のクライミングをしなければならない。イヤすぎる、怖すぎるやろ。
「魔王は大丈夫なの? マグマとか」
「心配ない。この島の火山は何千年と活動しておらぬようだ。それに、吾輩は魔界生まれ魔界育ち、生粋の魔界っ子だ、溶岩程度の熱さなぞは平気だ」
「勇者も苦戦したろうな」
というか、そんな魔王を敗走させる勇者って何者? そんなのがいるんならワタシの出番なくね?
いや、この場合、ただ単にワタシのスペックが低いだけかもしれない可能性もある。なにせ、このガルニートという少女、弱っちいことで神話にもなっている火の民の末裔かもしれないのだ。
この世界では、バンバン炎魔法が撃てて、それが溶岩よりも熱いのかもしれない。そりゃ、レベル0の火の民なんて簡単に消し飛ぶわ。
「もう少し、もう少しで吾輩の野望は果たされようとしていたのだ」
うわ、もの凄く根に持ってるじゃん。めちゃくちゃ後悔してるじゃん。
それにしても、魔王が言っていた何かの気配って何だろう。魔力やなんかそれっぽいものを感知できないワタシにはわからない何かが火口にあるのだろうか。
ワンチャン、お宝とか、いや、もはやそんな直接的なモノじゃなくてもいい、隠された地下ダンジョンの入り口とかそういうのでも見つかれば、このマンネリも甚だしい状況から脱出できる糸口になるのに。
命綱代わりに蔦のロープを何本も魔王の大きな身体に巻き付けて大きな木の幹に括り付ける。少し心許ないけど、これでも蔦はじいさんによる奇蹟の賜物だ、そう簡単に切れはしないだろう。魔王の耐神聖による不運と踊っちまうのだけが心配だけど。
「では行ってくる」
「うん、気を付けてね」
魔王は小さく頷くと蔦に体重を掛けてそれが外れたり千切れたりしないことを確認すると、ゆっくりと火口の大穴へと消えていった。
しばらくすると、ぎしぎしと蔦が地面とこすれて軋む音がする。それだけが魔王の無事を知らせる。
「おーい、大丈夫かー?」
「…………」
ちょっと不安になって火口に向かって叫んでみるけど、魔王からの返事はない。もしかして、この火口って結構深いのか? 火口の近くは崩れやすくてあまり近付けなくて、下の様子をこっちから窺うことは難しい。
「心配せずともあやつならば大丈夫じゃろ」
「いや、まだ怪我治ってないし、足とか取れちゃったら大変じゃん」
「……おぬし、なかなか発想が怖いな」
自分が作業しているならまだしも、なんか待ってるとすごく時間が遅く感じる。ああもうじれってえな、ワタシ、ちょっと下の様子見てくる!「そのセリフを言って帰ってきた者はいないぞ」
それでも、しばらくすれば、無事に魔王が火口から戻ってきてくれた。ふう、心配させやがって、腕が取れてたらどうすんだ、まったく。「発想が怖いな、ガルニート」
「なんかあった?」
魔王の身体をじいさんと一緒に引き上げながら、表情の読めない魔王に聞いてみる。というか、ワタシ達はかつては魔王だったものに一体何をやらせているんだろう。魔王の配下の魔物が見たら咽び泣いちゃうよ、これ。
それでも、魔王はかつての自身の邪悪な栄光など一切気にも留めていないようで、(時々まろび出ちゃう勇者への呪詛は置いといて)自分にできる仕事なら文句も言わずにこうして率先してやってくれる。
「そなたが期待するような宝物はなかったぞ」
ワタシが考えていることなんて全てお見通しだったらしい。というか、魔王が背負った籠の中身をチラッと見てしまったワタシの表情が露骨にがっかりしていたみたいだ。す、すまん、この少女、完全に顔に出るタイプだ。ワタシとしては不思議系クール美少女キャラでいきたかったんだけど。「その恰好でそれは無理じゃ」「だまらっしゃい!」
「だが、この島から脱出する助けにはなりそうだ」
どすりと重苦しい音を立てながら地面に置いた籠からは、黒くてごつごつした岩が無数に出てきた。どこからどう見ても絶対にお宝でもないし、ダンジョンへの鍵になりそうなものでもなさそうだ。
「何これ」
「おそらく金属を含む岩だ。残念ながら魔石はなかったが、これを鍛錬できればもっといい道具が作れるかもしれない」
おお、これでいよいよこの何もなかった無人島で金属が手に入る可能性が出てきたわけだ。どうやるのかは結局全くわからないけど。
そして、籠から出てきた物はもう一つあった。
「この薄汚ねえ木の破片は?」
「うむ、これは」
「あ、これ、我が世界創造した時の杖の欠片じゃ」
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