第26話:おっさんずラブなんてなかった
「吾輩は子作りはせぬぞ」
「言われなくてもしねえよ! どうしてみんなそういう感じになるの!?」
ずささっと勢いよく後ずさり。無意識に垂れ流していたかもしれない美少女のフェロモンを隠すように、ちょっと涙目でたわわな胸もとを隠す。紙紐ビキニとかいう露出狂の痴女しか着ないようなのをナチュラルに着ているから、魔王の魔物としての欲望を掻き立ててしまったんだ! べ、別にこんなこっ恥ずかしい格好、アンタのためにしてるわけじゃないんだからね!(切実)
この外界と遮断された極限状態、危機的な状況から生存本能のままに少女の身体を求めてしまう(求めてない)、そういう安っぽいサバイバル恋愛映画的なノリなの?
これが、心がおっさんじゃない純粋な美少女ならば、めくるめく異世界転生系サバイバル恋愛ファンタジー(?)になるのかもしれない。そういうのも悪くはない。
だがしかし、ワタシはおっさんだ。残念ながらワタシの心まで決して夢みる少女じゃいられない。たわわなモノがお胸に2つあって、股間に我が愚息はなく、一人称を変えたところで、ワタシの根っこの部分はどう足掻いても冴えないおっさんなのだ。少しでもTSした複雑な感情の中で揺れ動く神や魔王との恋愛を期待していたなら、そういう幻想はさっさと投げ捨ててほしい。おっさんは普通おっさんずラブしない。女子特有の爛れた妄想に、ワタシ達おっさんを巻き込まないでほしい。
「そうではない、そういうのは互いの信頼があってはじめて成り立つものだからな」
「意外と堅気だな!」
すっかりこの島の生活にも馴染んでしまった魔王だけど、逆にこんなにも馴染んじゃっていいのだろうか、という気持ちもないこともない。成り行きとはいえ、元神様や元魔王と暮らすことにすっかり違和感を感じなくなってしまっているワタシも大概だとは思うけど。
……いや、それでも、じいさんと魔王は少しくらいギスっててもいいんじゃない? 何が、今日はたくさん魚が釣れただの、傷の具合はどうだの和やかな会話してんの? 仲いいのはいいことだけど、なんかこう過去の因縁的なもんはねえの?
「そんなものはない、我はただのじいさんだぞ」
「吾輩も過去についてとやかくは言わぬ」
2人ともずいぶんさっぱりしてるというか、潔いというか、もうすっかりただの島の住人と化してしまっている。……それでいいんか?
まあ、今回のあまりにも稀すぎるケースの場合は、険悪な仲じゃない方がいいか。3人しかいないこの絶海の孤島で仲悪いとかガチで最悪だからな、これはこれで良かったのかもしれない。大人は案外仲直りが下手くそなのよ。
「そういえばさ、ここは魔法使えないみたいだけど、魔王って何ができるの?」
「吾輩はただ世界征服のために戦うことしか知らない」
「つまり何もできないのね?」
いや、ここ数日間一緒に生活してみて、なんとなく思ってたのよ。コイツ、じいさんより生活能力低いかもしれない、って。
ここで、魔王ともあろうお方なのにポンコツ、とかいう変なギャップ萌えを発動しないでいただきたい。こっちは命がかかってるんですよ。ちょっとした不注意で、必死に起こした火を消されるほど悲しいことはない。
じいさんが試しに釣りに誘ったみたいだけど、その釣果はなんとなくしょんぼり俯いた姿勢で察することができた。もう本当に何ができるの、この魔王。
「まさか、我が奇蹟すら及ばぬ不運な者がいるとは思わなんだ」
「耐神聖がここで仇になるとは」
「神と魔王が、遥か高みで意識低めの会話をしている」
まあ、とは言っても、この魔王のポンコツ具合も仕方ないことだとは思っているけど。
そもそも、まだ完全に傷が癒えていない。
果物と魚、それにちょっとした野草を食べるだけじゃ、魔力を糧に生きてきた魔物が回復するには相当な時間がかかるらしい。ときおり、島に隠れ潜む鳥の卵をゲットするときもあるけど、それでも腹の足しになるくらいだった。
そして、どちらかというと、こっちが一番の理由だろう。
魔界という場所には、魔物の糧となる魔素が満ち溢れていて、食べるものは必要ないし、それに、魔王ともなれば従者がたくさんいる城に住んでいただろうし、衣食住……食は必要なくとも、その生活の全てをお任せできたわけだ。ワタシの勝手な想像だけだけど、なんとも羨ましい限りだ。まあ、それじゃあこの島でのサバイバルには向かないだろうね。
元々、こんなことは魔王にとって必要なかったことだ。
それが今じゃ、この有り様よ。自分で言ってて悲しくなるな。マイナススタートだったワタシなんかより、贅沢三昧だった魔王の方が余計にしんどいでしょ。
魔素もなければ、従者もいない。過去の威厳も無知なワタシらには意味ないし、住む場所すらままならない。
逆に、この状況に甘んじている魔王って何なんだろう。ちょっと未練あったみたいだけど、今はもう平気なのか?
「敗北者が何を語ったところで、それは未練がましい言い訳にすぎない。吾輩、そういうのは少し違うな、って思っている」
「それには激しく同意するけどさ」
そういえば、魔王は自身の寝床を確保しようとしなかった。最初は大きな身体だからワタシ達に遠慮してると思って、今のより大きな小屋の建造を提案したんだけど、それも丁寧に断られた。魔物だって休息は必要じゃないのか?
「安心してくれ、吾輩は眠ることはない」
それが、魔物としての特性なのか、彼の魔王としての矜持なのかは。ワタシ達には計り知れなかった。
何もしていない時の魔王はいつも、外した鎧の一つに腰掛けて、じっと火の番をしているだけだった。彼の表情は相変わらず読み取れなくて、ワタシには、ぱちぱちと燃える焚火を見つめている魔王が何を考えているのかわからなかった。
「しかし、ガルニートやじいさんが働いているのに、吾輩だけ火の番をずっとしている、というのも何か忍びない」
「いや、いいんだ、魔王はまだ回復しきってないし、それに……な、つまりはそういうことだ」
「???」
そして、今のところ、そうしていてくれた方が助かっている。なんか張り切って余計な仕事増やされるよりは断然マシだった。魔王がすぐしょんぼりするから言わないでおくけど。
「こうなってしまえば、吾輩ができるのはこの巨体を使って木を運んだり、そなたが行けないところに行くくらいだな」
「ただの巨体を活かす人になってる」
魔王がやたらとアクティブな件。
不慣れなこともあって失敗もやたらと多いけどせかせか働いてはくれるし、その見た目通り力も強い。丸太なんかあっという間に切り出して肩に担いで持って行ってしまうんだ。じいさんにもアドバイスをもらいながら、こつこつと自分ができることを増やしている。まだ怪我もちゃんと癒えていないのに大丈夫か?
もしかして、こういうのやりたかったのかなあ。適材適所が見つかって良かった。自分で言ってて、魔王の適材適所って意味がよくわからんけど。魔王がふさわしいのは、無人島でのサバイバルじゃなくて、魔王城での勇者との最終決戦に決まってる。異論は認める。
「すまぬ、ガルニート、また火を消してしまった」
「う゛ん゛ッ゛!!」
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