第25話:日々是成長

「そなたのその髪と瞳、もしかして……」


「え、な、何すか、魔王ともあろうお方が気になるようなこと何かあるんすか!?」


「なんでそんなに急にテンション上がったのじゃ?」


 ふぁさり、ワタシは長く伸びた(……伸ばしっぱなしの)赤い髪をこれ見よがしになびかせてみる。ワタシが髪を切るのにビビって、見よう見まねで編み込んだり結わえたりしたおかげで取っ散らかってしまった少女の赤い髪は、それでもなお美しく、陽光を浴びてキラキラときらめいていた。


 魔王はそんなワタシの様子を眼球のない目でまじまじと見つめている。な、なんだよぉ、そ、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいじゃんかよ。


「いや、かつてこの地におった火の民の髪と瞳の色によく似ておると思ってな」


「えッ!?」


「うむ、それは我も思っていたことじゃ」


「ねええええええ、じいさん、そういうことはもっと早く言ってよ!」


 ねえ、聞いたよね? ワタシ、特別な存在だったりしないかって。ねえねえ、聞いたよね? 聞いてない? ふーん、そういうこと言うんだ。ちなみにこの島には美少女無罪が適用されますけど?


「ガルニート、そなたにはかつてこの地上にいた火の民の血が流れている」


「な、なんだってー!!」


「めちゃくちゃ驚くな、おぬし」


 や、そこは普通驚くよね。だって、何の特徴もないと思っていた、この赤髪とか、ファンタジー世界ならまあ普通なのかなって思っていたこの赤い瞳が、実は壮大な伏線だったんだよ? そりゃ、後ろにひっくり返るくらいには驚くでしょうよ。赤髪とかしょーもないモブかよ、と思っていた時期がワタシにもありました。全世界の赤髪のみんな、ごめんな!


 というか、火の民って何だよ、急に名前出てくるじゃん。すごい強そうじゃん。


 原初の炎を司る赤き髪と瞳を持つ者達。おお、なんかそれっぽいんじゃないの!? これはまさに主人公の風格なんじゃないの!?


「じゃあ何すか、火の民って伝説の超すごい戦闘民族ってことっすか」


「超解釈がすさまじい」


 じいさんはやれやれと首を横に振るが、そんなことはどーでもいい。いよいよワタシのファンタジー的な物語が始まりそうな予感に胸が震えるじゃあないか。


 しかし、次の瞬間には、ワタシの高鳴る希望を打ち砕く無情なる魔王の言葉。


「火の民、あやつらは別に強大な力を持っていたわけじゃない、」


「ふぁッ!?」


「火の民はとうの昔に滅びている」


「「え!?」」


 これにはワタシだけではなく、じいさんもびっくり。


「そ、それじゃあ、ワタシは最後の生き残りにして最強の戦闘民族の血を引く……」


「まだ言うか、それ」


「いや、単純に弱かったから滅びただけだ」


「順当に自然淘汰されてる!」


 火の民、とかいうカッコいい名前付けてもらえて簡単に滅びないでもらえるかな! ワタシの特徴が、弱い種族の生き残り、っていう最悪の状態になっちゃったよ。い、いや、待て、まだあわあわあわ慌てる時間じゃない、ここから最弱種族が成り上がる系のやつもある。逆に考えるんだ、まだ舞える、と。それならそうと、この島でサバイバルしてる場合じゃないのはやっぱり明白だけど。


「そ、そうなのか。我の自信作が……」


 なんかワタシよりもじいさんの方がしょんぼりしている。確かに自身が創造した自信作が弱かったから滅びたってあっさり言われたらショックだろうな。……なんか前に弱肉強食とか言ってなかったっけ?


「ま、まあ、元気出せよ、じいさん。最後の生き残りとしてワタシがいるじゃん」


「やはり子作り、子作りが全てを解決するのか」


「しねえって言ってるじゃん!」


 このエロジジイは一体何なの。神様ってどこの世界でもみんなそうなのか? それなら、早急に寝る場所を分けないとダメだな。いつ寝込みを襲われるか油断も隙もないな。というか、簡単に滅びちゃうような弱い種族を繁栄させてもしょーがないじゃないか。


 とにもかくにも、ワタシの正体がほんの少しだけ判明した。


 大昔に滅びたはずの火の民の末裔。おそらく、この世界にただ独りの。


 弱っちいってだけがどうにも引っかかるが、唯一無二といえばまあ稀少なもんじゃなかろうか。ようやくこの世界における自身のアイデンティティを確保した。弱っちいらしいけど。


 それにしても、この蝶のように舞い、蜂のように刺すことのできる身体能力と、あっという間に傷が治る尋常じゃない回復力を以てしてもなお滅びちゃうって、この世界の住人はどんだけ世紀末覇王で修羅なやつらなんだよ。急に島の外から出るの怖くなってきちゃった。


 そして、そんな火の民であることが判明したガルニートちゃんがどうしてこんな場所にいたのかはまだ謎だ。他の家族や、今までの生活の痕跡は見つからなかったから、ガチでたった一人でここにいた。いや、生活の跡が見られなかったから、ここに転送されてきた、という方が正しいか。


 火の民の最後の生き残りの少女、ガルニートは、ボロボロの布切れ一枚だけで、魔素のないこの島にレベル0の状態で転送され、そして、ワタシがそこに転生した?


 いや、違うな、矛盾がある。


 この世界では少しでも魔素を取り込めば、レベルは0よりも高いはずだ。つまり、ワタシはずっとこの島で生きていて、ここから一歩も出たことがない。


 考えれば考えるほど、ワタシの正体については謎だけが深まっていくだけだった。


 こうなったら、やっぱりこの島から出て、ワタシを転生しやがったやつを探すほかあるまい。そして、一発ぶん殴る。心優しい非暴力主義のガルちゃんでも助走をつけて殴るレベルの所業だからな、ガチで。


 だから今は、目の前のことをやっていこう。


 ワタシは元神様と元魔王を従えつつ、日々体調に気を付けながら心身ともに健やかに生き延びるのだ。……スローガンかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る