第24話:美味しいは世界を救う
なにはともあれ、魔王の身体の崩壊はギリギリで食い止められた。美味しいは命を救う、はっきりわかんだね。
しかしながら、はたしてこれで良かったのかどうかはまだ誰にもわからない。結論は先送りにしたままだ。責任は絶対に負いたくない。
魔王曰く、もうかつての力はないらしいが、それでも相手は魔王その人(魔物)だ、どうしても警戒もしちゃうやろがい。なんとなくずりずりと後ろに下がりながら、傍らのじいさんの横……気持ち後ろに立つ。「年寄りを盾にするとはいい根性しとるじゃないか、おぬし」「ご、ごめんて!」
ワタシ達の茶番にはお構いなく、魔王はその重苦しい鎧を地鳴りとともに外す。もはや彼には必要ない、そして、もしかしたら、それを装備できるほどの体力すらなくなっているのかもしれない。
「ね、ねえ、ホントに大丈夫? 死なない?」
「無論。致命傷で済んでいる」
「もうダメじゃねえか!」
黒曜石みたいに真っ黒な彼の身体には至る所に痛々しいひび割れがあって、そこから漆黒の煙が噴き出していた。髑髏を模した鉄仮面の下には、漆黒の燃えがらがくすぶる貌の無い顔。その眼窩には眼球は存在していなかったけど、爛々と赤黒く輝いていた。剥き出しの乱杭歯すらも黒い。
魔王はその存在の全てを暗黒で塗り潰していた。
改めて見ても、めちゃくちゃ不気味な姿だった。形容しがたい、見る者の精神を恐慌させるような不穏な姿だった。明らかにこの島ののんびりとした雰囲気には合っていない。不気味なお城の一番奥で、最強装備を身につけた万全の状態でしかお目にかかりたくない。
コイツはやっぱり正真正銘の魔王だ。もう見た瞬間からわかる。これ、チートな能力ないと絶対に倒せないやつだわ。神に選ばれし真の勇者じゃないと無理だわ。
それでも、いくら魔王だとしても美味しい果実をかじっただけじゃ、さすがにここまでのダメージがあっという間に回復するはずがなかった。魔物の身体がどうなっているのかはわからないけど、人間で言ったら致命傷どころか完全に死んでいるに違いない。
「しばらくすれば傷は癒えるだろう」
「なら良かったよ」
誰かが死ぬところなんて見たくはない。そんなのは当たり前だ。それがたとえ世界征服を目論んだ魔王だとしても。
彼は脱ぎ捨てた鎧の上に腰掛けた。ほとんど壊れかけのそれはもう、かつての栄光を誇るではなく、魔王の傷付いた身体を少しでも休ませるための物でしかなかった。
「吾輩の命を救ってくれたそなたの名を聞いても良いか?」
「あ、ワタシの名前は、岡……じゃねえや、ガルニート、だ。よろしくな、えーっと……」
「吾輩にはもう名はない。ガルニート、そなたの好きなように呼ぶがよい」
「それなら、これからも、魔王、って呼ぶよ。よろしくな、魔王」
ワタシは何の気なしに右手を差し出してから、ふと気づいた。あ、そういえば、この世界の挨拶を知らないな。じいさんを助けたときはなんかぐだぐだの流れでこの島の住人になった感じだったし。握手するってこの世界でも友好の証なんだろうか?
魔王の身体は鎧に腰掛けていてもまだ、ワタシ達が見上げるほどに大きかった。だから、ほとんど万歳するみたいに右手を掲げているワタシの滑稽な姿を、魔王は表情がわからない顔で見ているだけだった。あれ、やっぱりなんか違うのか?
「もはや吾輩は魔王ではないが……」
そうは言いつつも、魔王はゆっくりと、ワタシの身体なんて簡単に握りつぶせそうな大きな右手を差し出した。まだ魔王の身体はひびだらけで、黒い煙がくすぶっていて、だから、ワタシはその手、というか、人差し指をそっと握った。冷たくて無機質で、まるで岩のような質感だった。
あ、よかった。握手はこの世界でも有効だ。
魔王は勇者に負けてもはや魔王ではない自身のことを、魔王、と呼ばれることには少し引っかかっているみたいだった。だけど、ワタシ達にとっては完全に魔王なので、彼のことはこれからも魔王と呼ぶことにする。
もし他の人に魔王のことを説明しなくちゃならない時がきたらその時に考えよう。彼は魔王です、なんて紹介しちゃったら完全にマズいことになるからな。ワタシ達が魔王の配下みたいになっちゃう。
そして、ワタシはさっきから気になっていたことを聞いてみることにした。これ、結構大事だよ、今後。
「なあ、魔物の王がこの絶対干渉不可侵領域にいたらマズいんじゃないの?」
「ここには魔素がないだけだ。吾輩の内に残る僅かな魔力を少しずつ使っていけばすぐに死ぬことはない」
「そうなんだ。魔力ってすごい」
それならひとまずは安心か。魔力が十分になければ暗黒魔法とかそういう物騒なのも使えないだろう。けど、その言い方だと、今すぐには死なないけど、そのうち自身の魔力がなくなって死ぬんじゃないか?
とりあえずわかったことは、魔物でもなんか食っとけば体力回復するってことだ。魔素がなくてもしばらくは大丈夫そうだ。魔王のレベルはワタシが絶望しそうだからあえて聞かないでおこう。
けど、もしかしたら、魔王にはあまり時間がないかもしれない。だとしたら、早くこの島からの脱出の準備をする必要がある。……急がなきゃな。
「で、魔王はこれからどうすんの?」
きっと勇者が魔王を倒したことによって、この世界は平和になってめでたしめでたしになった。もう、エンドロール後の世界だ。だからもう、魔王も、もしかしたら、そのために転生してきたかもしれないワタシすらも必要じゃなくなった。それならば、ワタシ達はどう生きるか。
軽い気持ちで聞いてみたものの、夢半ばで勇者に討たれたばかりの魔王にはとても酷な質問だったかもしれない。野望も力も何もかもを失ったばかりの相手に、これからのことを聞くなんてワタシはなんて空気の読めないおっさんなんだ、これだから非モテなんだよなあ。
だけど、魔王は怒るでもなく、嘆くでもなく、ただひたすらに淡々と、まるで自分のことじゃないかのようにすら感じさせるほどひどく落ち着いた様子でこう答えた。そこには、自身が勇者に負けたのだと認める、一種の諦めの境地が垣間見えた。
「吾輩はそなたらにこの命を救われた。今の吾輩は魔王としての力はないが、それでも、そなたらの力となることをこの命に誓おう」
「え、えぇ~……」
こうして魔王が仲間になった。……どういうこと?
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