第21話:奇蹟はあるけど、魔法はないんだょ
「そうだ、船を造るのはいいんだけどさ、これを海の上で安定させる方法が見つからんくてさ。なんかいい方法ない?」
肉が食えない悲しみを怒りに変えて、ワタシは船造りを再開することにした。結局なんだかんだで船での脱出が一番手っ取り早そうだったし。そう、魔素がなくて魔法を習得できないこの島では、ワタシにはもはや、魔法で空を飛ぶ、とか瞬間移動するとかいうファンタジー的な脱出方法はムリなのだから。
この島から出れば肉が食えるかもしれない。それだけがワタシに残された唯一の希望だ。それだけがこの世界に生きる理由なのだ。「なんか目的変わっとらんか?」「はぇ?」
じいさんにはのんびり釣りでもしてもらって、本日の食糧の確保を担当してもらう。これくらいなら、じいさんでも余生の楽しみついでにワタシ達の生活をなんとかしてくれるってもんよ。あまりにも大物を釣り上げない限りは、怪我の心配もなさそうだし。
「それにしても、ずいぶんと頼りないいかだじゃな」
「だって仕方ないじゃないか、ここでゲットできる素材は限られてるんだから」
この島の資源がいくら豊富だと言っても、所詮は自然由来の物でしかない。何の知識もないワタシやじいさんではそれをさらに加工することにも限度がある。
そりゃあ、丈夫な窯で製鉄できます、とかならもちろんもっといい道具も作れるだろう。そういう技術とか知恵を持ってるやつもいるだろう。
だけど、ここにいるのは、うっすい知識しか持っていない冴えないおっさんと、ただのじいさんだけだ。
鉄を作れるほどのそんな高度な技術を誰も持ち合わせていないし、そもそもこの島の石に鉄は含まれてなさそうだ。わたし達にできるのはせいぜい、火を起こして魚を焼くくらいなものだ。あまりにも文明の発展に寄与しない。
じいさんの知識も創世当時のものしかない。時代遅れも甚だしい。ま、それすらも異世界から来た、何一つとして役に立つ知識を持ち合わせていないワタシにはとても大事なことなんだけど。
「船を安定させるなら、船底に重りを付けた方が良いだろう」
「お、なるほど。たまにはいいアドバイスくれるじゃん」
「我は神だったからな、当然じゃ」
じいさんのしたり顔ほどムカつくものはない、はっきりわかんだね。
だけど、船を浮かべることにばかり気を取られて、重りを付けるという発想に至らなかった。それを気付かせてくれたのだから、やっぱりじいさんはいてくれてよかったのかもしれない。
「重りってどれくらいのがいいんだ?」
「そこは我にもわからぬ。ひとまずいかだの四隅に大きな岩を吊り下げてみて様子を見てみればいいだろう」
「おけー、ちょっとやってみるか」
と、その前に、じいさんの言うことを聞くわけじゃないけど、いかだの強度をもっと上げないとダメだろう。このまま重りを吊り下げても安定していないいかだがバラバラになってしまう。
「あのさ、丸太同士をもっと強くつなげたいんだけど、どうしたらいいかな」
「ふむ、蔦の強度を上げてやるから締め上げてみてはどうかの」
じいさんがいかだの丸太をつないでいる蔦にそっとそのしわくちゃの右手を添える。特に何か起きているような感じはしないけど、罠を作り直したときみたいな、ちょっとした奇蹟が今まさに目の前で起きているのだろうか。
「これで隙間に木の棒を差し入れて締め上げてみよ。そなたの力ならば十分できるじゃろ」
「お、ありがとう。ちょっとやってみるよ」
じいさんはいかだには興味なさげに、昨日見つけたと言っていた釣りポイントへと向かって行ってしまった。
じいさんはこの島での生活がさりげなく気に入ったのか、あまり脱出に関しては関心がないように思えた。ワタシに従う、という最初の言葉だけでワタシにアドバイスをしてくれている、そんな気がした。じいさんは何も言わないけどね。
けど、まあ、じいさんには少し不本意かもしれないけど、ワタシだってファンタジーしたいんだもん。ひとまず、この島から脱出はさせてくれ。一刻も早くケモミミ美少女とイチャイチャさせてくれ。
海に浮かべたいかだは丸太がちゃんとつながっていないせいで、頼りなくバラバラに波間に揺れている。それを、じいさんの言う通り蔦の隙間に木の棒を突っ込んでぐりぐりとねじっていく。だけど、いくら丈夫だとはいえ所詮は植物だ。それまでは力いっぱい締め上げると丸太の負荷に耐え切れずに千切れてしまったが、今回ははたして……
「お? お、おお、す、すごい、これが奇蹟か」
まるで、丈夫な縄で締め上げているかのように、しっかりと丸太同士がつながっていかだの形を保っている。波に揺られても蔦が千切れる感じはしない。こうやってワタシ達は小さな奇蹟を噛み締めて生きていくのだ。
というか、こういうささやかな奇蹟だけはまだ起こせるんだから、やっぱりじいさんは元々神様なのかもしれないな。今まで疑ってごめんな、じいさん。今はただの釣りじいさんだけど。
これでいつでも出航するだけならできる。あとは、当分の食糧なんかの確保だろうか。航海に必要なものが、ド素人のワタシ達にはわからない。急に何かが必要となっても海の上じゃあそれすらも難しい。慎重に何が必要か吟味しなくては。
島での生活もここまで長くなると、案外充実してくるもんだ。じいさんがパーティに加わったとはいえ、ワタシがやることはあまり変わらない。
つまり、その日の食料を調達して、生活環境を少しずつ整える、だ。ついでに、筋トレも兼ねたこの島の探索やら船旅のための視力訓練、そして、もちろん船造りもしているけど。
しかし、そうなると、この島を出る、という明確な理由もあんまりなくなってしまった。この航海はただのワタシのわがまま。じいさんを巻き込んでしまうのはいかがなものか。なんとなく、そんな考えを持ちながらも、その答えを出せないまま船を造っている。
……いやいや、あのじいさんはおまけみたいなもんだ、ワタシは元々一人で、この島から出るために今まで頑張ってやってきたんじゃないか。おっさんのオレがわざわざ一人称まで変えたんやぞ、いい加減そろそろ異世界の人と交流したいじゃないか。
「我は我が創造したこの世界を堪能したかったのじゃ」
「えッ!? な、何!? 急に話しかけんといてよ!」
釣りに出かけていたと思ったじいさんの声が背後からして、思わず飛び上がってしまう。未だにバクバクと高鳴る胸元を手で押さえながら振り返ると、籠いっぱいに今日の釣果を詰めたじいさんが何食わぬ顔で突っ立っていた。そうね、もう今日のお仕事は終わったのね、じいさん。
「え、で、な、なんすか?」
「我はこの変わらずの島を十分楽しむことができた。我がこの世界を創造したことは間違いではなかった」
じいさんは魚が詰め込まれた籠をワタシに渡す。きっと奇蹟に頼らない、じいさんの純粋な釣果、それをまじまじと見つめる。なんかこう、今、とてもエモい感じの雰囲気なのに、残念ながらワタシにはこういう時に掛けるような言葉の語彙がない。そんな自身の不勉強を今さらながら恨む。
そういえば、この世界の神話のようなものをワタシは知らない。世界を創造してすぐに封印されてしまったじいさんもそうだろう。
どうして、じいさんがこの世界を創るに至ったのか。
どうして、創世神たるはずのじいさんは封印されてしまったのか。
そのことをきっと神話でならば何か読み解くことができるかもしれない。だけど、その当事者であるじいさんはもちろん、神話なんて知らないのだ。
ただこの世界を創った。じいさんがわかるのはそれだけだ。この世界がどうなって、どう変わったのかはわからない。
「もうそろそろ、この世界がどう変わったのか、我はそれを知るときなのかもしれぬ」
じいさんはそう言って、少し名残惜しそうに振り返った。
そこには、ワタシ達が拠点とする小屋や泉の水を運ぶ水路、焚火や調理用のかまどなんかがあった。それらは知識がないワタシ達(主にワタシが)が生き延びるために必死こいて作ってきた、実に不格好で、非効率的で、見るも無残なものばかりではあったけど。
そうか、ワタシ達は何も知らない同士で、この島のものだけを使って生活してきたんだ。そりゃ、初めて世界に触れたものだ、思い入れもあるだろう。もちろん、ワタシにだってあるもん。そりゃそうだ。
だけど、ワタシ達はここだけで生きていくにはあまりにも世界を知らなさすぎる。もうそろそろ島の外の世界を知るべきだろう。
「行こう! 島の外に!」
そして、ここまで世界観もワタシ達の目的もはっきりしてきたっていうのに、未だにわからないことがまだある。
それこそが、このワタシこと謎の少女、ガルニートのことに他ならない。
どうして、この赤髪の少女がこんな場所にたった一人でいたのか、それがまだわからない。オレが転生したこの少女の正体だけはまだ謎のままだ。もうそろそろそれを突き止めるべきなんじゃないのか。
そう、この謎こそがワタシの最後の希望だ。頼むぞ、カルちゃん、この世界にとって何かしらの特別な少女であってくれ! この世界にワタシが転生してきた立派な理由になってくれ!
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