第20話:じいさんとのドキドキサバイバル生活

「先に言っておくが、子作りはせぬぞ」


「当たり前だけど!?」


 思わず後ずさり、そして、両手で防御力に不安の残るビキニで覆われているだけの胸を隠す。お、なんか女の子っぽい仕草が反射で出た。これはもう女の子ってことでいいんじゃないか? というか、今までささやかとは謙遜してたけど、程よく手のひらには収まるくらいの、ちゃんと谷間が作れるほどの立派なお胸だぞ。しまった、煩悩とは無縁の神様にはセクシーすぎたか。


 助けてから数日もすると、じいさんもすっかり元気になって、火起こしを手伝ってくれたり、ちょっとした荷物や食べ物を山から持ってきてくれたりするまでになった。この島での自分の役割をしっかり見出そうとしてくれている。それはそれでいいんだけど、あんまり無理させるのもなんか怖くてこっちがハラハラしてしまう。力を失った自称元カミサマなんて、所詮ただのじいさんだからな。


 そんなこんなで、無人島でこの世界のことをさっぱりわからないまま暮らす同士として、すっかり打ち解けてきたと思っていた矢先に、これだ。「男の人っていつもそうですね……! ワタシのことなんだと思ってるんですか!?」


 やっぱり男は老いぼれてもけだものなのよ。ギラギラしているんだわ。女の子っていつもこんな目に遭っているんだ。年も男女の垣根も超えた友情なんてやっぱり無理だったんだ。女の子になってから初めて思い知ったよ、これから気を付けよ(?)


「そうではない、ガルニート。この島で子孫を残すことを考えているのならやめておけ、と言いたかったのだ」


「神様ってそういうとこあるよね、大事なことちゃんと伝えてよ!」


 いきなり何言い出すかと思ったらそういうことか。少しほっとして、小さく吐息。ちゃんと良識のあるじいさんでよかった。早くビキニ以外の服も作ろ。「なあ、その着ている布、少し分けてくれよ」「年寄りから服を剥ぎ取るなぞいい度胸しておるな」「こういう時ばっかり!」


 そもそも、オレはこんなところで子孫を残してまったり生きたいわけじゃない。なんか都会に憧れる田舎の高校生みたいな感じになっちゃったけど、オレはこんな何もない島から一刻も早く出て行って、ナーロッパみたいな街でBIGになりたいんだ。いや、これ、田舎コンプレックスをこじらせた高校生みたいな夢持っちゃってるな。


 船だって造ってるんだ、これができちまえば、こんなところさっさとおさらばだ。……ダメだ、どうしても田舎から出て行きたい若者ムーヴになってしまうな。ワタシ、いい歳こいたおっさんなのに。


「と に か く ! えっちなことはいけないと思います。今後控えてください!」


「いや、我にはそのような気はない。おぬしのことを言っておるのだ」


「ないよ! おっさんはじいさんにムラムラしないよ!」


 というか、相手はじいさんだし、オレ……ワタシはまだ心はおっさんだ。たとえ、じいさんが良い身体をしたイケおじだとしてもワタシの心が抗いたがってるんだ。子作りはさすがにハードルが高すぎるだろ。


 そして、こんな茶番は心底どーでもいい、ワタシ達は今日も今日とてこの島で生きていくのだ。


 というわけで。


「とりあえずこの島に住んでいる動物を探すの手伝ってくれ。罠を作ってみたんだけど、やっぱり警戒心が強くてさっぱり姿を見せてくれないんだ」


 せめて、その姿形さえわかれば最適な罠を作れるかもしれない。そして、動物の毛があれば、もっと防御力の高い服を作れるかもしれない。じいさんとはいえ、さすがに男がやってきて、このお手製のセンシティブな紐ビキニを着ているのはちょっと恥ずかしくなってきた。「我は気にせぬぞ」「ワタシが気になるの!」


 じいさんはワタシが木の枝と紙紐で作った不格好な罠のような何かをまじまじと見つめると、そっと意を決したように小さく息を吐く。


「この島の者達は我がこの世界を創世した時よりほとんど姿を変えておらぬようだな。ならばその罠を我に貸すがよい」


「え、あ、はい」


 ワタシから罠を受け取ると、じいさんは意外にも器用に罠を作り直す。いや、作り直している、というよりは、よく見ると罠の方が勝手に動いているようにも見えなくもない気がしないでもない。それはまるで、じいさんの意のままにその存在が再定義されているかのような。


「ほれ、これを木の根の傍に置いておけば、いずれ彼の者は罠にかかるだろう。ただし、我らは少なくとも一日はこの辺りに近づいてはならぬ」


「お、おう、ありがとう」


 なんだか悲しそうなじいさんの表情にこっちまで心苦しくなる。な、なんだよ、自分が創った被造物に思い入れあるタイプの神様かよ。この世は弱肉強食だろ?


 森には食糧がたくさんある。けど、あまり日持ちはしない。今日食べられる分を確保できないのはだいぶ痛手だが、いやしかし、それも数日の辛抱だ。これでようやく肉にありつける。待望の肉、魚以外のタンパク質。ジューシーな肉汁がじゅわっと溢れ出すやつ!「おぬし、目がこわッ」「じゅるり……え?」


 一応、肉……獲物がどこに潜んでいるかわからないので、森には立ち入らず、大きな物音も立てないように気を付けて過ごすことにした。


 そして、数日後に森の罠を確認すると。


「と、獲れてる……」


 なんか、タヌキをベースに猫とリスの可愛いところをいいとこ取りしたみたいな、ずんぐりむっくりし動物が罠に引っかかっていた。そして、それはどうやら母親だったらしく、それの小さいやつらが母親を助けようと、きゅーきゅー鳴きながら小さい手足で罠をもちもちこねくり回していた。……いやいや、こんなん反則やろがい。


「じいさん、アンタ、デザインのセンスめっちゃあるな。もさもさで可愛すぎて食う気にならん」


「なんじゃ残念だな、この世は弱肉強食だぞ?」


「アンタがそれ言う?」


 結局、ワタシはその愛くるしさに全振りしたような動物を放してやることにした。子どもと一緒に一目散に森の奥に逃げていくぷりぷりのおしりと大きな尻尾を、少し名残惜しく眺めながら、この島に来て初めていいことしたかもな、などとちょっと感傷に浸ってみる。「マッチポンプの感動はやめておけ、全ての元凶はおぬしだ」「それもそうだったわ!」


 これでもうこの島じゃ肉食えないかもな、というワタシの悲哀を知ってか知らずか、じいさんは、ワタシの細くてもしなやかな肩をぽんと優しく叩いた。


「おぬしは優しいな」


「現代社会のサラリーマンは、動物をかっさばくことなんて普通はしないの」

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