第18話:(元)神を認めよ

「ーーで、じいさんはこれからどうするんだ?」


 というか、神様だとか言ってたけど、全くもって信じてないし、じいさんはじいさんなので、これからもじいさんのことはじいさんと呼ぶことにした。なんか事情があるのか、名前も教えてくれないし。


 たとえ、じいさんと(心がおっさんの)女の子でも、一つ屋根の下、無人島という密室で男女が暮らすのはどうなのか、という問題はあるにはある。まあ、このじいさんを放っておくわけにはいかないか。


「そうじゃな、ひとまずはおぬしが女の子としての所作を身に着ける手ほどきをしてやろう」


「それはそれで助かるけど、そういうことじゃなくってさ」


 じいさんが元神だとするならば、また神として天界に戻りたいとかそういうのはないのだろうか。さっきは空を見上げていたけど、傍目に見ると、もうすっかりそんな気持ちなどなさそうだが。天界ってもしかしたら、この世界じゃ空の上にあるのかもしれないな。なんてファンタジックなんだろう。


「我が存在する意義は、この地上に堕ちてからとうに失われておる。おぬしの成すがままに従おう」


「そ、それってつまり……」


 どうやら、神様が仲間になった……らしい。え、なんこれ。


 いくらなんでも初手で最初の仲間が神様はいかつすぎないか? チートってレベルじゃねえぞ。今から日帰りで魔王倒せるじゃねえか。「さすがにそれは無理じゃな」「あ、そうなんだ」無理なんだ。


 しかし、話相手がいる、というのがこんなにもありがたいことだとは思ってもみなかった。もしかしたら、その話相手はすっかりボケちゃってるのかもしれないけど、それでもだ。


「おぬしはどうしたいのだ?」


「ふぇ?」


「生きていくだけならばこの島で十分だろう。おぬしは何やら不満げな表情をする時がある」


「まあ、確かに生きてくだけなら十分なんだけどさ」


 じいさんが言う通り、この島で十分生きていけるようにはなった。できることが日々増えていって、色んなことに挑戦して、失敗も成功もあって、そして、毎日の生活にもささやかな発見があったりもして。だから、ここでの生活は確かに楽しくもある。元の世界のあの狭い賃貸住宅と会社を往復するだけの単調な毎日では決して得られないものを得ることができる。だけど。


「あー、それじゃあ、オレ……じゃないや、ワタシ、せっかく異世界に来たんだし、この島から出てファンタジーなことしたいんだ。なんとかならない?」


 というか、なんとかしてくれないとこっちが困る。こちとら見た目が完全にファンタジーなじいさんが流れ着いたからようやく何か起きるんじゃないかと期待してたんじゃい。せっかく女の子に転生したっていうのに、全く女子力を活かせていないのも問題だ。


 それが、心がまだおっさんで女の子になりきれていないオレとじいさんの共同生活ほど過酷で華のないものはないだろう。せめて、このじいさんが美少女の女神だったらよかったのに。


 あ、そういえば、これからはじいさんのアドバイス通り、自分のことをワタシと呼ぶことにしようと思う。まだ、この身に刻まれしおっさんの魂が邪魔してて気恥ずかしいけど、これもしばらくすれば慣れるだろう。


「それは無理だな、我にはその力はもうない」


「無理なんかい」


 神様らしく海を割るとか、空を飛ぶとか、一瞬で他の場所に転移するとか、そういうのをちょっと期待してたのに。つまりだ、このじいさんは元神様かもしれないけど、力を失っているっていうのなら今は小難しい口調のただのじいさんだ。まさか異世界まで来て老人の介護させられるとは思わなかった。


「あー、それじゃあ、とりあえず、この世界のことを教えてくれない?」


「それも無理じゃな。我はこの世界の創世より封印されていて、今この世界がどのようになっているのか見当もつかぬのだ」


「それってもう、あなたの自称ですよね、神って」


 なんなん、この人。どうして今さら落ちてきやがったの? いや、ガチで頭がおかしくなってしまったただのじいさんかもしれない。せっかくこの世界のことを知ることができると思ったのに。


「じゃあ、じいさんは何ができるんだよ」


「神というのは、基本的には何もせぬよ。おぬしの世界でもそうではなかったか?」


「む、言われてみれば確かにそうだな……」


 元いた世界にガンガン口出し手出ししてくるような神様がいるとするならば、そいつはきっと戦争も飢餓も残業もない世の中にしてくれていただろう。そうなってないから、この世界には神様はいないと、思ってたけど、実際はただの傍観者ってだけか。


「だが、我が身はもはや神ではなく、おぬしのためにある。我はおぬしに智慧を授けよう」


「え、なんか、うん、ありがとう」


 なんか愛が重い、みたいな感じになってる。自分で言うのもアレだけど、ワタシは確かにじいさんにとっては命の恩人なんだろう。けどさ、それでも、じいさんに付きまとわれても困るだけやぞ? 全国の優しい女の子がこういうのに親切にして勘違いした老人にストーカーとかされてんのかなあ。なんて悲しいんだろう。


「それで、智慧とは何ぞ?」


 おばあちゃんならまだしも、じいさんの知恵袋が実際に役に立った事例は未だかつてない。はたしてこの何もない島で生きるのに必要な知恵なんてこれ以上あるのだろうか。あるいは、この島からの脱出方法でも考えてくれるのだろうか。あ、それとも、そろそろ魔法とかレベル上げの方法とかか? それなら大歓迎だけど。


「おぬし、大した知識もなく、この何もない島でよくぞここまで生き延びて来られたものだ」


「それってほめてます?」


「だが、さらなる叡智があればもっと生活がよくなるだろう」


「それってとっても叡智ですね」


 まあ、何かちょっとしたアドバイスとかくれるんだろう。一人であれこれ考えるよりも二人で話し合いながら作業ができるのはありがたいけどね。ワタシ一人だけじゃできないこともたくさんあったし。


「そういえばさ、この世界に転生してからずっと気になってるんだけど、このレベルって概念は何なの? ワタシ、何をどうやってもずっと0のままなんだけど」


 ワタシは頭の上の方を指差す。そういえば、このレベルって概念は、なんとなく自分の頭の上に浮かんでいるような感覚がしていた。他人のレベルはどう見えるのだろうか。


「他の者のレベルを見ることはできぬ。プライバシーにも関わる」


「あ、そういう理由?」意外と繊細な理由だった。


 まあ、異世界転生してきたワタシには計り知れないけど、異世界には異世界なりのそういう事情があるんだろう。確かに、レベル、という数字は、いかにもわかりやすく優劣をつけやすい概念なんだもんな。レベルの高さで差別や貧富の差なんかがあったりしたら、ワタシがいた世界よりももっと大変なことになりそうだ。だって、みんなわかっちゃうんだもんな、誰のレベルが高くて、誰のレベルが低いのか。


「ちなみに、我にはレベルは存在しない。我が存在はもはやこの世界には非ず故にな」


「神様サイドの事情ってのも案外複雑なんだな」


 レベル、という概念が人の生死には直接関わっていないのか、それとも、じいさんは元が神様だからそういうのを超越してるかはわからない。けど、ワタシもまあレベル0だし、似たようなもんだし、今まで平気だったからいいのか。……いや、これ、もしかしてワタシ達って、レベル的には最弱のパーティなのでは?


「魔王倒せそうですかね?」


「無理じゃろうな」


「で す よ ね !」

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