第17話:自分を神とか言うやつは信用しちゃダメ、ゼッタイ!

「助かったよ、ありがとう、お嬢さん」


「いや、いいんですよ、あそこで助けなきゃ人としてダメですよ!」


 なんとなく力が入ってしまう。人助けなんてほとんどしたことなかったし、人命救助なんて生まれて初めてだ。はたして最善の方法だったのかわからないし、それにあんなセンシティブなことまでしてしまった。初めてのこの世界の人との触れ合いがあんなことになるとは思わなかった。じいさんが気を失っていて覚えていないのがせめてもの救いだ。


 しかし、初めての邂逅はもっとこう、ハートフルな感じか、チンピラに絡まれている美少女を颯爽と助けるような感じをだな。


「ま、とにかくじいさんが助かってよかったよ」


「???」


 その後完全に意識を取り戻し、体力が少し回復したじいさんは、乾かしておいた服(服というよりは、とっても長い布を巻き付けただけみたいだけど)を着て、沸かした白湯をゆっくりとすすりながら、砂浜でぱちぱちと優しく燃える焚火に当たっていた。


 さっきのことがあって、なんとなく恥じらいながらオレもその隣に座る。しかし、こうして落ち着いて改めて見てみれば、長い白髪とサンタさんみたいな真っ白な髭、そして、金色の瞳、うーん、実にファンタジーな出で立ちのじいさんだ。


「お嬢さん、お名前は?」


「え? あ、えー、えーっと、ガルニートって言いま……す?」


「ん? どうしたんだ?」


「あ、な、なんでもないです、ははは」


 思わず自己紹介で疑問形になってしまった。じいさんが怪訝な表情になるのもわかる。それにしても、なんでこんな少女には似合わない、なんとなく物騒な名前が自分の口から咄嗟に出てきたのかわからなかった。もしかしたら、この少女の本当の名前がこれなのかもしれない。だとしたら、これは相当なヒントになりえるぞ。ガルニート、なんて全く意味がわからないけどな。


「ところで、じいさんはなんで溺れてたんだ?」


「……我は、かつて神と呼ばれていた」


「は?」ん? 流れ、変わったな?


 このじいさん、もう手遅れかもしれない。海で溺れすぎたんだ、脳が腐ってやがるのかもしれない。どんな世界でも、自分を神だと宣うヤツにロクなヤツはいない。はっきりわかんだね。とは言いつつも、ここでオレが否定して変な空気になっても気まずいし、じいさんは神、そういう体で話を聞くことにした。


「しかし、我は全ての力を失い、天界を追放されてしまったのだ」


「ふ、ふーん」


 なんかよくわからんけど、どうやらこの自称神を名乗るじいさんの話がガチで本当なら、天界からの追放ってこんなに物理的にやるんだ。天界から落ちてきて、海に放り出されたってことぉ? なんか雑じゃない? 設定ガバガバじゃない? ますます信用ならねえ……


 あ、だけど、仮にもこのじいさんが元神ならオレにも訊きたいことがある。というか、小一時間問いただしたい。


「ねえ、一つ訊いてもいい?」


「なんだ?」


「ここに転生させた人のことどう思ってます?」


「何の話だ?」


「オレは異世界からここにやってきたっぽいんだ。けど、チュートリアルもなければ、ここには誰もいないし、道具も何も持ってなければ、この島以外に何もないからずっとここで暮らしてる。ねえ、どうしてくれるんですか?」


「そうか、それでその身体と口調が合っておらぬのか。確かにおぬしの魂は冴えないおっさんの姿をしておる」


「なんかイヤだな、それ!」


 魂レベルから冴えないおっさんは悲しすぎんだろ。もうそれは、真なるただの冴えないおっさんなんよ。せめて魂くらいは清く正しく美しいイケメンであってほしかったわ。


「で、神様的には異世界転生のこと何だと思ってるんですか?」


「それは我のしたことではなさそうだ」


「どういうこと?」


「かつての我は創世の力こそあれど、異世界に干渉する力はない。それは我に力があった時でさえも、だ」


「つまり、異世界転生ってそんなホイホイできちゃうようなもんじゃないと」


「人一人とはいえ異世界の因果に干渉するのだ、その影響は計り知れぬ」


「な、なるほど」


 つまり、オレの理不尽極まりない異世界転生は相当なイレギュラーなのかもしれない。そもそも仕事終わりに終電で寝てただけで(おそらく)死んでなかったし、転生したっていうのにオレの意識の始まりが中途半端だったし、それでいて何も覚えてないし、色々と謎なこともあった。


 これは、この転生そのものに何か重大な秘密が隠されている可能性があるな。そうなると、急にオレが主人公として輝き始めちゃうな。なんかテンション上がってきたな!


「もし、元の世界に帰りたいのならば、我が」


「いや、それはいい。オレはまだこの世界を堪能してない」


 さすが神様(自称)、それできちゃうんかい。それやっちゃうと、もう物語としてある意味でハッピーエンドになっちゃうんだが?


 だけど、オレはそんなハッピーエンドなんて望んでない。あの狂気じみた世界に戻るのはある意味でバッドエンドかもしれないし、だけど、オレが言いたいのはそういうことじゃない。


 オレはまだ、剣も魔法もダンジョンも不思議系オッドアイ美少女にも会っていないんだ。ついでに言えば、レベルも全く上がっていない。オレだけレベルアップしない件はまだ解決していない。今んとこ全くファンタジーしていないのだ。


 ようやく今、この島に自分を神だとか名乗る怪しいじいさんが流れ着いたことで物語が始まりそうなところなんだ。こんなところで終われるか。


「そうか、ならばこの錯誤世界、ミスティカエラで生きていくがよい」


「おう。というか、もう、そうして……ん? え、い、今なんて?」


 しかし、なんかきっと無自覚で大事なこと言ったじいさんはぽかんと首を傾げて、なんだか憂いを帯びた眼差しでじっと遠くの雲一つない青空を眺めているだけだった。しまった、あまりにもさらっと言いやがったせいで大事なこと聞き逃した。さ、さく、みすなんちゃら? クソ、わからん。「じいさん、もう一回!」「何のことじゃ?」


「しかし、ガルニート、その姿でしばらくいるというのに全く順応しておらぬな」


「人と関わることがなくてね、オレの溢れ出す女子力を発揮する機会がなかったのよ」


「そうか、おぬしも不憫な運命だな」


「これはこれで楽しいからアリだけどね」


 全くもってファンタジーはしてないけど、この生活は楽しい。強いて言えば、おっさんが全く身の丈に合っていない少女に転生してしまったことが少し不便なことくらいだろうか。まあ、それも、我が股間の愚息がなくなって、胸にある柔らかい二つのものに慣れてしまえば、どうということもない。人間というのは意外と慣れてしまえるのだ。


「もし、その姿を元に戻してほしくばおぬしをここに召喚した者を探し、冴えないおっさんの姿に戻してもらう他あるまい」


「ねえ、なんで残念そうなの? いや、オレもこっちの方がいいからこのままでいいけど」


 冴えないおっさんに戻るのはさすがにイヤだろ。せっかく転生したんだから、せめてイケメン王子にしてくれよ。終電まであんなに頑張ったんだから、異世界でくらいいい思いさせてくれよ。


 それに。


 せっかく女の子に転生したのなら、この身体をあれやこれや堪能したいだろ。それこそが女の子に転生した全男子の夢だろうが。日々の生活に忙しくて今んとこまだちゃんと堪能できてないけど。


「ふむ。ならば、我から一つアドバイスだ。その麗しき乙女の姿を維持したくば、魂の方を身体に寄せた方が良い」


「どういうこと?」


「つまり、仕草や口調をその身体たる乙女に近付けた方が良いぞ。さもなくば、冴えないおっさんがまろび出てくるかもしれぬ」


「え、やっぱりそうなるんですか!?」

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