第16話:はじめての人命救助
船を作るのはひとまず今はやめておこう。オレの命が掛かっているんだ。中途半端な船で海に放り出されたら確実に死ぬ。強くてコンテニューもリスポーンもあるかどうかはわからない。変に無駄死にする必要はない。
それはともかく、視力を鍛えることに専念しよう。もしかしたら、遠くに船とか見えるかもしれないし。はたして、剣や魔法が使えるファンタジー世界でこの視力がどこまで役に立つのかは未だにわかってないけど。
「……ん? なんだ、あれ?」
いつものように水平線の彼方に浮かぶ木の棒を睨み付けていると、ふと、海辺に何かが漂っているのを見つけた。海藻や木の枝が絡んでいるそれが、なんだかすごくイヤな予感がして、「おいおい、マジかよ!?」ほとんど無意識にバシャバシャと波間を掻き分けてそれの方へと進んでいた。
「お、おい、アンタ! 大丈夫か!?」
それは力なく海水に浮かんでいた。海藻にまみれた皺だらけでしわくちゃの顔に長い白髪と白い髭。その顔は青白く、気を失っていて息をしていなかった。一目見て、助けを必要としているのだとわかった。と、とにかく海から引き上げないと。
オレは、ぐったりとしたじいさんの身体を抱えると一心不乱で岸辺に引き寄せる。じいさんの体は冷たく、湿った服は身体にぴったりと張り付いていた。くそ、意識がない人間の身体ってのはガチで案外重いな。普段から丸太を運んでいてよかった。
揺れる波間に苦戦しながらも、なんとか、砂浜に辿り着いたオレは、必死にじいさんの胸を押さえ、海水を吐き出させるために彼の背中を叩く。クソ、焦るとこういう時にどうしたらいいのかすっかり抜け落ちてしまう、せっかく会社で救命救急講習受けたってのに! つ、次はどうしたらいいんだっけ!?「おい、しっかりしろ!」
しばらく、胸や背中を叩いたり、ほとんどパニック状態で後ろから抱きかかえて身体を揺さぶっていると、じいさんの胸が揺れて、激しく咳き込み、口から勢いよく海水が吐き出される。「大丈夫か、じいさん!?」ほとんど悲鳴みたいにじいさんの耳元で叫ぶけど、返事はない。まだ意識は戻っていないみたいだが、それでも、息をし始めたことにほっと胸を撫でおろす。
「つ、疲れた……」
今まで息を止めていたのかと思うほどどっと疲労が押し寄せてきて、じとりと潮水に濡れた身体から汗が噴き出してきた。普段のハードワークより疲れてんぞ、人命救助って大変だな。
だけど、まだ終わっていない。じいさんが息を吹き返しただけだ。
いや、しかし、まさかじいさんが流れ着いてくるとは思わなかった。こういうのって普通、美少女かイケメン王子様か主人公面した少年とかなんじゃねーの?
「こ、こは……域か、……素が……」
「お、おい、しっかりしろ! じいさん! アンタが頼りの綱なんだ!」
意識が朦朧としているのか、じいさんはうっすらと目を開けたが、何かうわ言のようなことを呟いてからまた目を閉じてしまった。しわくちゃの目元の奥には光を失いかけていている金色の瞳が一瞬だけ見えた。
ここで、このじいさんが死ぬのはマズい、胸糞が悪い。この世界のこととかさっきの言葉の意味とか、聞きたいことは山ほどある。けど、まずはそんなことじゃなく、単純に目の前で死にかけているじいさんをなんとかしなきゃいけないだろうが!
「ど、どうすれば、オレに何ができる……?」
見たところ目立った外傷はない。呼吸はあるから人工呼吸はしなくてもいいだろう。海で溺れていたなら、とにかくここは身体を温めて体力を回復させよう。
濡れた服は脱がした方がいいか。じいさんが着ていたのは薄汚れてしまっている白いローブのような薄い布が一枚。悪戦苦闘しながら、海水を吸ってすっかり重くなってしまっている布をじいさんの身体から脱がせる。しかし、意外とたくましい身体をしているじゃあないか、このじいさん。胸板がめちゃくちゃ厚いし、腹筋も割れている。なんだか、古代の彫刻みたいな身体付きだ。
服を脱がせたはいいが、裸のままも良くないだろう。もふもふ毛布とかあればいいが、そんなもんはこの島にはない。あればオレが使っている。しかし、替えの服といっても、ここにはオレの際どいビキニしかない。こんなん何の役にも立ちはしない。
「そ、そうだ、火、火だ。火は全てを解決する!」
火に全幅の信頼を置きすぎている気はするが、とにかく火だ、火があれば何でもできるんだ、火はすごいんだ! オレは急いで焚火をじいさんの横に設置する。けど、あまり近くにも置けないし、海風のせいでほとんど効果がなさそうだ。な、なんだと、火が役に立っていないなんてことが……?
……いや、これ、あれか? よくB級サバイバル映画とかで観る、男女が人肌で温める、とかいうやつか? 今回の場合、(中身が)おっさんとじいさんが裸で抱き合う、という史上まれにみる最悪なシチュエーションが爆誕しちゃう。どんな罰ゲーム? い、いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。とにかくじいさんには生きてもらわないとダメなんだ。ここで死んだら、そ、その、あれだ、ダ、ダメだろ!
オレの手元には身体を温めるために使えそうな物は何もなく、じいさんの身体は小さく震え始めていた。クソ、火だけじゃやっぱり不十分か。何とかして彼を温める方法を考えるけど、やっぱりこれしか方法がない。
瞬間で覚悟を完了したオレは、自分の体温でじいさんを温めるしかないと、冷え切ったじいさんの肌に触れる。マズい、やっぱりじいさんの体温が低すぎる。オレはビキニのブラを脱ぎ捨てると、じいさんの横に横たわる。
自分の少女らしい柔らかな身体をむにりとじいさんに密着させ、ギュッと両腕で彼を包み込む。じいさんの身体は氷のように冷たく、オレの汗ばんだ肌に冷えが伝わってきた。少し恥じらいはあったけど、じいさんのためにしっかりと抱きしめる。ここでこのじいさんを死なすくらいならまだ全裸土下座した方がマシだ!
オレの濡れた肌から体温がじわじわとじいさんに伝わり、少しずつ彼の震えが和らいでいくのを感じる。
「大丈夫、大丈夫だから頼むから温まってくれ……」ほとんど無意識で静かにじいさんの耳元に囁きながら背中を優しくさする。じいさんの弱々しい心臓の鼓動がオレのささやかな胸に伝わってくる。大丈夫だ、もう少しだから頑張ってくれ。
オレのそんな熱意とB級映画でしか観たことないようなセンシティブな荒療治のおかげか、しばらくすると、じいさんの身体の震えが収まってきて、呼吸が安定し始め、少しずつ体温が戻るのを感じる。よ、良かったぁ~。
オレはゆっくりとじいさんの身体から離れると、自分の使命を果たした達成感と安心感、そして、いくらパニックで緊急事態だったとはいえ物凄く恥ずかしいことをしてしまったという羞恥心に苛まれたのだった。は、恥ずかしッ!
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