第15話:海を制する者は世界を制する、諸説あるかもしれない

「ちょっとここから脱出してみよっかな」


 ちょっとコンビニ行ってくる、みたいなノリで言っちゃったけど具体的な案はまだ全然ない。そんな気軽なノリでできるもんでもない。


 見渡す限りの水平線がどこまでも広がっているだけの大海原。どこに進んだらいいのかすら見当もつかない。


「なんか方位磁石的なもんがいるんだっけか?」


 進むべき方向をちゃんと把握できていないと、何もない海の上では簡単に遭難してしまうという説もある。すまん、よくわからん。まあ、闇雲に進んでもいずれ遭難するだろう、というのはさすがにわかる。


 おそらく方位磁石なんて作れない。だから、普通の航海術は使えない。そもそも、方位磁石をどう使うかもよくわからんしな。


 それなら、オレはオレのできるやり方でこの海に挑んでみようじゃないか。


「もっとずっと遠くが見えればいい」


 今のオレは鍛えたら鍛えた分だけ身体能力が上がっていく。よくはわからんけど、どうやらそういうことらしい。トップアスリートもびっくりのある意味ではチートな能力かもしれない。でも、そういうのじゃない、オレはどうせなら魔法が使いたい。


 でも、それならば。


 ひたすらじっと遠くを見ていたら視力が上がるのではないだろうか。なんかどっかの部族の人もそうやってとんでもねえ視力を持っていたようなのをテレビで見た気がする。それで、なんでもいいから何か目印になりそうな物があれば、それを見ながら進んでいくことができる。めちゃくちゃなトンデモ理論だけど、何もやらないよりはマシだろう。


 ということで早速。


 じーーーっと水平線の彼方を睨み付ける。


 ……何も見えない、どこまで見えているのかわからない。なにせ目印はない。とにかく、遠くに何かを見つけられるかもしれない可能性だけを信じるしかない。


 まあ、これも暇さえあればじっと海を見つめる、いわゆる瞑想的なものになるのかもしれない。以前やったときは集中力の無さを露呈してしまっただけだったけど、今のこの無人島サバイバル生活に順応した今のオレは違う。毎日できることをこつこつと積み重ね続けてここまで生き延びてきたんだ、面構えが違う。


 まあ、あの時は、ワンチャン魔法が使えるかも、とかいう淡い期待、という名の邪念もあったからだけどね。もうその辺は諦めましたわ。異世界でも魔法使えないひともおるやろ。「マヒャ○!」……まあ、ダメよな。


 そんなことを数日続けてみてやっと気付いた。


 まあ、何も見えない水平線をひたすら眺めていても、それで効果があるのかどうかはわからないよね。そして、それを確かめるすべもない。


 というわけで修業内容の変更だ。


 できる限り遠くまで適当な木の棒をぶん投げる。すると、小さな木の棒が波にもまれながら次第に遠くへと流れていく。それをできる限り目で追っていく。そうすれば、遠くまで、しかも、どんなに小さいものでも見えるようになるのではないだろうか。


 初めのうちはすぐに見失ってしまった。オレの全力全開は案外遠くまで投げることができて、点となった木の棒は一瞬で波間に消えていってしまった。


 だけど、そんな不毛ともいえる視力強化修行も、毎日こつこつ地道に続けていると、なんとなく木の棒の行方が追えるようになってくる。たぶん、普通はこうはならない。この身体の順応性の異常な高さ故だろう。


 視力が高くなると、それに付随して、森にある色々なものも見えてくる。


たとえば、動物の痕跡だ。そう、今まで気づかなかっただけで、近くに動物の痕跡はあったのだ。


 木の実についた小動物がかじった跡。草に埋もれた丸い糞。木の皮についた細い毛、消えかけた足跡などなど。それらは、それまでオレが必死に探していたものだったけど、全く見つけられなかったものだった。やっぱり動物がここには住んでいる。おそらくは、穏やかで警戒心が強い、そして、肉食ではない小さな動物だ。もしかしたら、普段は地中にいるのかもしれない。


 彼らは人間じゃないけど、オレは決して一人じゃないと勇気付けてくれているような気がした。ここには一緒に暮らす仲間がいる。この手つかずの自然を共に享受している。……さてと、あとで魚を使って罠でも仕掛けてみよう。サバイバルとは無慈悲なのですよ。


 まあ、なにはともあれ。


「ひとまず船でも作ってみるか」


 とりあえず、ちょっと離れたところで釣りをするくらいの簡単な物を作ってみよう。設計図なんてない。頭の中のイメージをフル導入して船を再現するんだ。なんかそれっぽい手漕ぎのボートみたいなやつで十分だ、なんとかなるやろ。


「……いや、これは無理だな」


 どうにかして木を板の形に加工できたものの、それを繋ぎ合わせるのは困難を極めた。なにせ鉄の釘なんてない。石でやってみたけど簡単に砕けてしまう。苦肉の策として、木の繊維をより合わせた紐でなんとかくっ付けられはしたものの……


 板を組み合わせるこの方法だと水漏れの問題がどうしても解決できなかった。さすがに素人が適当にやって、完全に水漏れしない構造の船を作り上げるのは無謀すぎた。木造の船ってどうやって水の侵入を防いでるんだ? 何もわからん。


 こうなるとオレにできるのは、いかだしかない。そうだ、いかだの形を作って、その丸太を一つずつくり抜けば、それっぽい居住空間ができるのではないか? そして、そのいかだに屋根を作れば十分船っぽくなるのではないか? そうなると、やっぱり水漏れの対策が必要になるけど。そうだ、紙と貝殻で粘土みたいなものを作っていかだの隙間を塞いでみよう。意外となんとかなるもしれんぞ。


 幸いにも、この無人島にある大木は、オレの身体がすっぽりと収まってもまだ余裕があるくらいには太くて大きい。はたして、そんな巨木をいかだのように上手く連結できるかどうかはやってみないとわからないけど。……ん? はじめての大型建設だ、そんな一朝一夕、ほんの一台詞でできるわけないだろ! いい加減にしろ!


 まずはオレの身体の何倍もある大木を切り出して、この砂浜に運び出さなければいけない。


 これにはまず、当初の計画通り丸太の中をある程度まで削って極限まで軽くして、てこの原理を使って少しずつ山の斜面を転がしていく。どうしても動かせなくなったら、丸太の下に木の棒を並べてころにしてむりやり転がす。地道で過酷な作業だけど、新たな発見もなく暇を持て余し始めていたオレにとってはちょうど良かった。久しぶりの難敵に腕が鳴りますぜえ。


 そうして、数日かけて海岸までなんとか運んできたバカでかい丸太が6本。実に壮観な光景だ。もうこのままくり抜いた丸太の中で暮らしていたい。


「……やるか」


 とりあえず、そのうちの1本を海に浮かべてみたけど、案の定安定感がない。やっぱり連結させるしかなさそうだ。船釣りしたいだけなんだけど大事になってきてしまったな。


 6本の丸太を平行に並べて配置する。ひとまず自分の身体が潜り込めるだけ砂浜を掘りつつ、力の限り両端を蔦を結んでしっかり連結していく。この蔦が十分な強度を持っているのはわかっていたけど、これではたしてちゃんと結べているのかはよくわからない。


「とりあえずはできたけど」


 なんか思い付きで、丸太をくり抜いたことで空洞になっている部分を両端の2本だけ逆さまにしてみた。これで中の空気がさらなる浮力になるんじゃないか?


 さっそく、ころでいかだを海まで持っていくけど、やっぱりその間にも蔦で連結しただけの巨大な丸太は大きく歪んでミシミシと音を立てていた。これ、やっぱり無理っぽいな。


「一時中断だな」


 着水に至る前にこの判断は早い。さすがオレだ。今までの経験がオレを確実に成長させている。もっとこう、そうじゃなくて、知識としてじゃなくてちゃんとレベルが上がってほしいんだけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る