第2章:おっさん、いよいよファンタジーする
第14話:不自由を楽しむ、とかいうのは、余裕があるやつが言って。
それから、一体どれほどの時が経ったのだろうか。たぶん、1か月くらいかもしれない。そんな経ってないか。
それでも、たったそれだけの短期間でこの無人島の文明はめまぐるしい発展を遂げ、ついには木造の雨風がしのげるだけの住居ができ、魚を獲ったり保管するための小屋が建ち、泉の水を浜辺まで引き入れるための用水路も作った。インフラの整備が急速に整いつつある。これで誰が来ても大歓迎だ。
「これ、もうちょっとした村じゃん」
元の世界じゃ箸にも棒にも掛からなかったこのオレが、何もなかった無人島で文明のようなものを築き上げつつある。ちょっとしたドキュメンタリーの気分だ。プロジェクト○だ。
インフラの次は食の充実だ。
火があると、それだけで、調理のバリエーションも増える。焼く、煮る、炒める、炙る、燻製にする。食の楽しみさえ得ることができるのだ。魚、野草、そして、果物、これだけあれば組み合わせは無限大だ。未だかつて、オレの人生においてこんなにマトモな料理をしたことがあっただろうか。
「異世界でシェフも悪くないな」作る料理はワイルドそのものだけどね。
大きな二枚貝の貝殻をゲットしたおかけで、フライパン代わりになるし、大きな巻貝の貝殻なら鍋にもなるし、ちょっとした保存容器にもなる。
そして、食べる物に貴重なたんぱく源である魚が追加されたおかげで、なんとなく今まで以上に体力がついて、筋力も上がっているような気がした。心なしか腹筋も割れてきている気がする。
なによりも、どんなに一日中激しく動き回っても全く疲れなくなったのは自分でも驚いている。食べ物一つでここまで変わるのかと、改めて食の大切さを実感した。
なにせ、海に潜って魚を獲った後、島の周りを一周して何か使えるものがないかを探しつつ、森で木を一本切り倒す。そんなことが、夜暗くなってしまう前に全てこなせてしまうのだ。これってすごくない? ちなみに、人工物は一つも見つからないし、レベルは依然としてゼロのままだ。もう、この設定要らんくない?
道具も、最初に使っていたお粗末なノコギリや斧から、この島に生えている巨木を今までよりも確実に切り倒せるような丈夫な物になったし、石を加工して錐なんかも作ったから切り出した木を組み合わせることもできるようになった。まあそれでも、小屋くらいならなんとかなったけど、この無人島を脱出できるような船を造るまでには至らないだろう。
「でもまあ、釣り船くらいならいけるかもしれんな」
服も防御力に難があったビキニから、しっかりと紙紐が編まれたセクシーなビキニになった。……ごめん、セクシーかどうかはわからないけど、クオリティは上がってるから勘弁してください。とにかく、なんだかんだ作ってみたけど、結局のところ動きやすいのがこの服装だったんだから仕方ない。大丈夫、大事なところはギリ見えてないから平気だもん。
しかし、この少女、何のケアもしてないけど、お肌も毛の処理も必要ないようだ。おしゃれに無頓着だったおっさんにはありがたい。しかし、いくら身体が丈夫だったとしても、こんなにも日焼けしないでシミ一つない白いお肌を維持することができるのだろうか。何もわからぬ。
ただ、髪が伸びてくるのはだけはどうしようもない。自分でテキトーに切ったろ、とも思ったけど、なんだか最低限のおしゃれであるこの綺麗な赤い髪だけは大事にしなきゃいけないと思った。幸いにも手先が器用になったおかげで、それっぽい髪の編み込みや、漁の邪魔にならない結び方ができるようにはなっている。
そして、気付いたことがもうひとつある。
この身体は、傷の治りが異常に早い。
さすがにどう気を付けていても、大なり小なり怪我をしてしまうことは何度もあった。崖から落ちたあのときはガチで死ぬかと思った。
だけど、どんなに大きな怪我をしても、まるでそこだけが早回しの映像を見ているかのように、すぐに焼けるほどの熱を帯びて、かさぶたになり、そして、あっという間に怪我をする前の状態に戻ってしまう。
何かがおかしい。オレは完全に普通の少女だけど、何かが普通じゃない。
だけど、その違和感が何かはこの無人島にいるだけじゃわからない。なぜならば、この異常がはたしてオレだけのものなのか、この世界ではこういうものなのか、判断基準がオレの身体ひとつだけなのだから。ま、多少の無茶はできるといっても、痛いもんは痛い。あまり無理はしないでおく方が無難だろう。
そして、生活に余裕が出てくると、次はこの世界のことについて探求したくなる。ようやくこの世界の核心に迫るときが時が来たのだ!
「…………何もねえな」
何日もかけて無人島を隅から隅まで何周もして、危険な場所や切り立った崖も降りてみたりして何かしらのヒントを探ってみたけど、ここには人工物の気配は全くなかった。もう本当に清々しいまでのただの無人島だった。ついでに、浜辺に流れ着くガラスのような漂着物すらもない。序盤にほとんど使ってしまったけど、オレが着ていたあのボロ布だけが唯一のヒントだったのかもしれない。
「しっかし、なんかここでちゃんと生活できちゃってるな」
もしかしたら、元いた世界での虚しいだけの社畜生活よりも充実しちゃってるまであるかもしれない。そうか、異世界転生してからの生活って、決して少し頭の弱い女神が与えてくれるものじゃなくって、街で絡まれているツンデレ美少女に世界のことそれとなく教えてもらうことでもなくて、こうして自らの手で切り拓いて、作り出していくものなのか。
……いや、たぶん、そうじゃないとは思うけど、オレはもっとずばーんッとしたばばーんッとした爽快感が欲しいんだけど、ここまで来たならそう思うことにした。スローライフ、そう、異世界スローライフだ。……いや、これもなんか違うな。
はたして本当にこれでいいのかはここに転生した時からずっと疑問には思っていたが、オレは何者で、何か目的とか役目とか本当にないんか? ここで生きているだけでええんか? 魔王は? ねえ、世界の危機は?
確かに今の生活は楽しいし、精神衛生的にも社畜時代よりははるかに健康的だろう。始発から終電まで働かされるってガチでイカれてるって、今ならはっきりわかんだね。人間はそういうふうにできていない。おっさんからのアドバイスだ、ちゃんと寝ろ!
だけど、それでもさ。
「ずっと修行編は飽きてまうやろ……」
内なる関西人もまろび出てきちゃってる。何度でも言うが、オレは関西人ではない。そんなオレでも出ちゃうんだから、これはのっぴきならないことだ。
そう、この異世界転生において、オレが何をすべきなのか、誰も何も指し示してはくれない。女神様は相変わらず出てこないし、美少女が町のチンピラに絡まれているわけでも、悪役令嬢が良いヤツになったりするわけでもない。
だからこそ、それはオレが決める。
ひとまずは、生き延びること。これは現在進行形で達成されつつある。何の知識もスキルもないおっさんが、何も資源がない状態からよくぞここまでやり遂げたもんだよ。
そして、次の目的は。
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