第12話:海、そして、火
絶望の新事実発覚に打ちひしがれながら下山。それでも、泉に戻って充分に休息を取ったオレは、再度準備を整えると、山頂で見たあの浜辺を目指すことにした。
そういえば、この森を登っていくことはあったけど、あの泉に辿り着いてからはそこから下ったことはなかったな。なんか山で遭難した時は下るよりも登った方がいいとかいううろ覚えを信じてここまで生きてきたが、はたして真相はどうなのだろう。ま、結局、森で生活しちゃってたからどーでもよくなっちゃたけどね。
「着いちゃった」
泉から走って一日でここまでたどり着くことができた。日はまだ高い。山頂に行くよりもはるかに近くて楽な道のりだった。基本的に下り道だしね。ぐぬぬ、どうしてオレは早くこっちに向かわなかったんだ。い、いや、森での特訓の成果でここまで来るのに苦労しなくなったんだし、素人があんまりうろうろすると遭難しちゃうからね、仕方ないね。……うん、ポジティブに考えよう。
「しっかし、何もないな」
この世界のあまりの広さと己のちっぽけさに絶望的な気持ちになってしまった。異世界ってこういう感じだったっけ?
いくら浜辺で目を凝らして水平線の中に何かを見つけようとしても、どこまでも平坦な海しかなかった。唯一の救いは、この世界はどこぞの神話みたいな変な形じゃなくて、ちゃんと丸い、それだけはなんとなくわかったことだ。こんなとこだけファンタジーであってたまるか。ま、それなら、神様の存在とは? って話になるが、そこはこの世界の住人に聞いてみることにしよう。……いるよね?
ここで茫然と立ち尽くしていても何も変わらない。とにかく、この砂浜を歩いてみて、何か使えそうな物、そして、この世界のヒントとなりそうなものを見つけるんだ。
一歩踏み出すたびに、山の湿った土の感触とは違う、裸足の足裏に柔らかな砂の感触が心地いい。これが旅行でビーチにバカンスに来たなら最高なんだが、異世界転生して来たとなるとテンションが変わってくるな。水着回とか、そういう生っちょろいのでもない。なんだったらオレは水着よりもさらに際どい格好をしている。ほぼ全裸だ。このサービスショットを拝めるラッキースケベ野郎は残念ながらここにはいない。
そうだ、ガラスが落ちていればレンズ効果的なやつで太陽光を集めて火を起こせるのでは? この世界の文明レベルが未だに計り知れないけど、まあ、布を編めるくらいだ、ガラスも作れたりしてないかな? 実際どれだけの技術力があればガラスができるのかいまいちわかってないけどさ。
「……なさそうだな」
まったくもってガラスのきらめきなんて気配すらない。もう、とことん人工物は見つからない。ここ、人住んでるよね? 人類は衰退しましてないよね?
唯一の救いは、この砂浜には流木なんかが落ちている。つまり、どこかには木が生えていて、この島が唯一の陸地じゃないってことだ。
無人島しかない異世界転生とか、どんな限界集落だよ、神様も異世界転生を関税に間違っとるだろうが。
そして、ここまでひたすらサバイバルしてきた性か。
なんとなく、オレはこのギラギラした太陽の日差しと、このサラサラの白い砂浜を見て、こう思ってしまった。
つまり。
森の中のジメジメとはうってかわって、日差しが直接降り注ぐ浜辺なら木をしっかり乾かせられるかもしれない、と。
……アカンアカン、思考が完全に異世界転生系主人公とはかけ離れていってしまっている。どちらかといえば、無人島サバイバル生活思考だ、あば○るくんだ。こんなオレに誰がした。……オレだ。
そして、期待していたような人工的なモノは見つからなかった。まあ、諦めずにじっくり探していこう。
収穫があるとすれば、砂に埋もれてカラカラに乾いた流木が数本と、大きな巻貝の貝殻だけだった。もしかしたら、この乾燥した流木なら火を起こせるかもしれないし、貝殻は泉の水をここまで持ち運ぶのに使えるかもしれない。
おいおい、もしかして、伝説の貝殻ビキニもいけるか? ……いや、あれは絶対に機能的じゃない。当時のオレら男子の無限の想像力を豊かにするものだ。そして、それをオレが着けるとかは、もう考えるだけでめっちゃ恥ずかしい。
服の問題はあとにしておこう。おしゃれは生活に余裕が出てからするもんだ。そもそも、その服を作るのはオレだからな。
そうだ、これらを組み合わせて釣り竿とかできないかな。いや、いっそのこと銛を作って素潜りでもしてみようか。さすがに魚くらいはいるだろう。海の中の様子を知れば何かヒントがあるかもしれないし。
「ペロッ……これは、しょっぱい!」
当たり前のことだけど、海、ということはここでは塩分が採れる。異世界でもそうなんだよね? 果物の芳醇な甘みは、それはそれで十分オレの身体を潤してくれていたけど、やはり甘いものの次には塩気も欲しくなる。はたして調味料を作っている場合か、という問題はあるが、まあ、なんかミネラル的なのも身体には必要だろう。
こうなると、やることはひとつだ。
拠点を浜辺の近くに設定しよう。泉には水と食料があるけど、何かをするには森の湿度がネックだ。その点、ここは昼間の日差しが強い間はあまり湿度も気にならない。それに、何かに使えそうな流木や貝殻もあるし、海の中にはきっと魚も泳いでいるはずだ。いい加減、上質な動物性のタンパク質を食べたい!
泉からでも十分たどり着ける位置にあるし、これからも水は泉から調達する。いざとなれば保管庫を設置してもいい。
「もういっそ、火起こしできるんじゃね?」
そもそも、最初の火起こしの失敗は、あの森の湿度が高くて、木を乾燥させることができなかったからだ。いくら湿気った木の棒を擦り合わせても火は一生つかなかったと思う。
モノは試しだ。
というわけで。
火を起こすために必要なものを改めて考えてみよう。なんかそういうのを動画で見たような気がする。
まずは、乾いた木だ、そして、それを擦り合わせる木の枝、これも乾燥していた方がいいだろう。これらはこの流木が使えそうだ。あ、そうだ、なんかちょっと穴をあけていたような気がするな。
あとは、ひたすら擦って発生させた熱を引火させるための燃えやすい物だが、それは大量の木屑を乾燥させればいけそうか。あるいは、少しもったいないけど作った紙も細かく裂けば使えそうだ。そして、引火させた火を小枝や乾いた葉っぱに急いで燃え移す。そこまでいけば、後は大きな流木にも燃え広がっていくだろう。
天敵は、せっかくの熱を冷やしてしまう湿気と風か。できるだけ風が来ないようにオレ自身で風を遮りながらの作業だな。
もはや、道具ならあっという間に調達できるようになった。この砂浜の直射日光に晒しておけば、ある程度の乾燥も容易にできるようになった。これで木屑くらいならしっかり燃料にできそうだ。
「よっしゃ、やりますか!」
オレは慎重な動作で両手に持った木の枝の先を流木に開けた小さな穴に差し込み、ひたすら擦り合わせた。最初はわずかな摩擦音が立ち上がり、木々が擦り合わせる度にその音は高まっていった。オレの小さな手は汗ばみ、それでも、力強く木をこすり続ける。こうなると、あとは根気との勝負だ。
次第に流木の小さな穴からは黒い木屑が飛び散り始めた。お、もう少しか? 油断せずに行こう。
そして、突然、木の枝から白熱した火花が生まれた。「火、火だ!」いきなりのことに一瞬動揺して息を呑み、その後すぐに火花を燃え移らせるために静かに息を吹きかけながら木屑へと持っていく。やがて、それは赤く小さな熱となってあっという間に木屑に燃え広がっていく。思った以上に早い、マズい! 慌てて、木の枝をかき集めてその小さな火を引火させた。
「う、うお、も、燃えてる!」
今まで全く成功しなかった火起こしが、一発でこんなにもあっさりと成功してしまうとは。やっぱり然るべき環境と道具、そして、決して諦めない心が大事なんだな。あ、おっさんがなんか青臭い少年みたいなこと言っちゃった。
そして、ここまでできるなら手間暇はかかるけど、もし火が消えてしまってもまた火を起こし直すこともできるだろう。
オレはどんどん大きくなっていくその炎を見つめ、安堵の息を吐き出した。オレの努力はようやく実って、この無人島ではじめての文明らしきものを得たのだ。すっかり日が落ちかけた夕暮れの炎はオレの周りをじんわりと照らし、それとともに心には希望の光が灯り始めたように感じた。なんだか、独りで焚火を見つめる悲しきソロキャンパーおじさんの気持ちが、ほんの少しだけわかったような気がした。
「……火、ってやっぱりすごいんだな」
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