ep3.鬼の女将の号哭
■後神暦 2649年 / 冬の月 / 黄昏の日 pm 07:00
――『ワスレナグサ』 中庭
廊下では速過ぎて見失ったけど……きっと
「レン……」
声をかけても振り向いてはくれない。
彼女は背を向けたまま口を切る。
「……いつか話すつもりだったんじゃ。
まさか母上にバラされてしまうとはのぅ……カカカ。
どうじゃ? 軽蔑したか? それとも恐ろしくなったか?」
「いや、突然だったからピンとこないけど、怖くもないし、軽蔑なんてするワケないだろ」
「嘘じゃッ!!!!」
振り向いたレンはいつもは愛らしい丸い目を歪ませ、大粒の涙をぽろぽろと流していた。
こんなに辛そうな顔は初めて見た。
こんなに悲しそうな声は初めて聞いた。
「この耳を見ろッ!! 長く尖った醜い耳を!!
片方の耳を掴むレンの手が震えている。
「忌々しい!! 何度、削ぎ落してやろうと思ったことかッ!!
それだけじゃない!! ワエの血は呪われておる!!
分かるか!? 生まれながらに孤独を強いられる者の気持ちが!!?」
「ワエだって…………ワエだって!!
幼い頃に友と呼べる者が欲しかった!!
共に成長し、同じように老いる者が欲しかった!!
憧れの人のように国の為に力を振るいたかった!!
恋だってしたかった!!
好いた者と共に生きて、平凡に幸せになりたかった!!
……なぁ…………
どうして叶わない……? ワエの願いはそんなに我儘だったか…………?」
それは何十年も押し込めてきたであろう悲痛な叫びだった。
「……ワガママなんかじゃないよ。
レンの辛さを『分かる』なんて軽いことを言うつもりはないけどさ……でもさ、レンが望んでることは誰が望んでもいいことだってのは分かるよ。
幸せになっていいし、オレは幸せになって欲しいと思ってる」
「はんっ! そんなものは詭弁じゃ!! 或いはただの夢物語じゃ!!
勝手に周りに期待されたお前さんを不憫に思ったこともあった。
ワエと同じだ、そんな風に思い安堵してしまったこともあった。
しかしだ! お前さんは他者と触れ合えるじゃろ!? 伸ばした手を払われることなんてないじゃろ!?」
「確かに詭弁かもしれないけどさ……」
どうすればいい? なんて言えばレンに届く?
そもそも、
だけど……伝えることを諦めるワケにはいかない。
手を払う? バカ言うなって。オレだったら絶対にその手を取る。
そう思うと自然と体は動いていた。
――レンの震える手に触れ、抱き寄せる。
「はなせ!! 気休めはよせ!!」
「違うって……気休めなんかじゃない。
確かに誰とでも触れ合えるワケじゃないかもしれないけどさ、オレと触れ合えてるだろ? オレはレンを怖がって離れるようなことは絶対しない」
小さな身体を両腕で包むと、今までの出来事が頭を駆け巡る。
『なんて言えばレンに届く?』、その答えは大切な思い出の中にあった。
なんだ……簡単なことじゃないか。
――春の月、あの日、レンがくれた言葉。オレの心に深く届いた言葉。
「……なぁレン、聞いてくれよ。
『異質な姿、異質な力、それらは畏怖されたり、奇異の目で見られたりするかもな。
でもさ、如何に特異なモノだったとしても、それで人が象られているワケじゃない。
だからレンはレンで在るべきだ』、そうだろ?」
「…………」
オレの腕から抜け出そうと暴れていた力が緩む。
「……カカ…………カカカ。どこかで……聞いた言葉じゃの……」
「だろ? オレを救ってくれた、ありがた~い言葉だよ」
レンの涙はまだ止まっていないけれど、ふわりと笑って身体を預けてくれた。
想いが、言葉が、少しでも届いた、そう思いたい。
「……今までよく頑張ったよ、よく耐えたよ」
「あぁ……辛かった、寂しかった……。
ワエは……頑張ったんじゃ…………」
オレの胸にぴったりと額を押しつける小さな頭をそっと撫でた。
腕の中の金糸の髪は、星の光を浴びて、いっそう美しく輝いている。
やっぱりレンは綺麗だ、耳だって醜くなんてない。
もし、世界中に否定されても、この考えは絶対に譲らない。
風になびく金糸の髪を見るオレに「ふぁーー!!」と、なんとも間の抜けたご先祖様の声が聴こえた気がした。止めてくれよ……大事なとこなんだから……
【涙を流すレンカク イメージ】
https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093081635253966
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