ep4.末裔は浮かれ散らかす

■後神暦 2649年 / 冬の月 / 黄昏の日 pm 07:30


――『ワスレナグサ』 中庭 東屋あずまや


 落ち着きを取り戻し、紅い目を更に赤くしたレンと並んで東屋の長イスに座る。

 そうして彼女はぽつぽつと過去や家のことを話してくれた。



「ワエの家名じゃがな、『オルコ』という。

古くから武を以て国を護ってきた家系なんじゃ」


「うん」


 これは以前、シノさんから聞いたことだ。


「そして、ヨウキョウワエの国は他国に公言はしていないが、古代種エンシェントの一種、霊樹精エルフと関わりがある」


「でも、それならレンが隠れて暮らす必要ないんじゃ……?」


「関わりがある、それだけなんじゃ。

その昔、霊樹精エルフを虐げたヨウキョウは、反乱が起きて都が焼け落ちたそうになった。それからオルコや幾つかの家が派閥を作り、霊樹精エルフと融和を図ったんじゃ。

初めは上手くいっていたらしい。しかし、今のワエを見れば分かるじゃろ? 時代が移ろえば人の考えは変わる」


「また昔に戻った……ってことか」


「そう。だからどちらもあるんじゃ……えんも、えんも、な」


えん……」


 現在……と言っても、レンが実家を飛び出したころだから数十年前のことだけど、霊樹精エルフは特定の地域に押し込められているらしい。



霊樹精エルフのことを想うと、嫌な話だな……」


「同意じゃ、それに家の力で特別扱いされていたワエは心苦しく思う」


「レンのお母さんが霊樹精エルフと結婚させたいのは政治的な理由ってこと?」


「分からん。ただ、口ではワエを独りにさせない為と言っておったな。

霊樹精エルフは長寿じゃ、当然、ワエも……な」


 つきん、と胸に針が刺さったような痛みだった。

 もしレンの母親が本心から長い寿命を持つレンを想っていたのなら、反論のしようがない、特に短命の魔人族オレには……



「そんな顔をするな、ワエは母上の決めた相手と婚姻などする気はさらさらない」


「あぁ。でもオレはレンが幸せになれれば、どんな相手でも良いと思うよ」


 何言ってんだオレは……思ってもいないこと言いやがって……

 思春期か? 遅れてきた思春期なのか?

 もう自分の気持ちはハッキリしただろ……どう考えてもレンが好きだし、他の相手と結婚? 嫌に決まってんだろ!? あぁくそ!!


 思わず口を衝いた失言に、内心叫び散らかすオレの横でレンはスッと立ち上がり、一歩、二歩、と東屋から離れていく。


 ……そして振り向き言った。



「ワエの幸せは此処にある。

アレク、ワエはお前さんに焦がれておるよ」



 星の光を背にするレンがあまりに綺麗だったのもあるけれど、思いもしなかった言葉に完全に時が止まる。我に返ったのは、足場を創る魔法で跳び去る背中を見送った後だった。


 …

 ……

 ………

 …………


「夢……じゃないよな…………?」


 レンがオレに焦がれてる!? それって好きってことだよな!!?

 ……やった!! やったよじいちゃん!! やったよご先祖様!!


 自分から言えなかったのはちょっとカッコ悪いけど……いいさ、明日オレもハッキリと想いを伝えて挽回してみせるっ!!


 明日どんな顔でレンに会えばいいか、

 レンの母親はどうするか、

 考えることは他にもあるけれど、今のオレにそんな余裕はない。


 よく『頭の中お花畑』、なんて言うけれど、アレは本当だ。

 だって見ろよ、冬の月なのに桜の花が満開なんだぞ?


 サンキュー、ティスタニア、

 サンキュー、オレをクビにした支配人オーナー

 サンキュー、オレをハメたスコットブタ野郎

 もう1年前のことは全部許すよ。

 お陰でティスタニアにワスレナグサここに連れてきてもらえたからな!!



「明日の夜は良い酒とっておきで晩酌しよう……!!」


 そうして、浮かれに浮かれたオレは軽く飛び跳ねながら部屋に戻ったんだ。



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



 ――翌朝 レンの私室前



「……よし、いくぞ…………」


 我ながらおかしなほど早起きをして、不自然なほど身なりを整えた。


 バカみたいに髪を撫でつけ、

 バカみたいに顔を洗い、

 バカみたいに歯を磨いた。


 同じ生活を続けたら、きっと髪は抜け落ち、顔の皮は剥け爛れ、歯は削れてなくなるだろう。それくらいの勢いで身支度をした。

 なんせ今も口の中はちょっと血の味がする、歯茎がボロボロだ。



「レン、起きてるか?」


 少し上ずりながら、引き戸越しに声をかけるが返事は返ってこなかった。

 寝てる……のか? でも、いつもなら広間にいる頃だ。部屋に来る前に寄ったけれど居なかったから部屋にはいるはず……


 その後は、厨房、玄関、作業場、中庭、考えつくところは全て捜し、最後にもう一度、レンの部屋に戻ってきた。



「まだ寝てる……のか?」


 戻ってくるまでにかなり時間が経ったはずなのに、どこにも居なかった。

 それに、今更気づいたけれど、部屋の中からは人の気配を感じない。



レンカクあの子なら国に帰りましたよ」


 戸を開けようか逡巡していると、廊下をこちらへ向かって歩いてきたレンの母親がそう言った。


 は? 嘘だろ?



 彼女の母親の言葉を信じられず、呆然とするオレに、「嘘だー!!」と、ご先祖様も同調してくれた気がした。だよな、ご先祖様!!

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