ep2.末裔は大女将に憤る
■後神暦 2649年 / 冬の月 / 黄昏の日 pm 06:00
――『ワスレナグサ』 玄関
廊下を進むにつれて二人の会話がハッキリと聞こえてくる。
「とにかく帰ってください! どうして今になって来たのですか!?」
「今になったからこそ、でございます。こそこそと隠れて……
見つけるのに何十年もかかってしまったではありませんか」
もう角を曲がれば玄関だけど、どのタイミングで出れば良いか分からない。
「ワエは婚姻を断りました! それこそ何十年も前に!!
もう母上がワエに関わる理由はないではありませんか!!」
「向こう様は永きを生きる者。たかが数十年など、なんてことはございません」
婚姻!? やっぱりシノさんが言ってたことって本当だったんだ!!
「あっ……」
「おや、どなたでございますか?」
思わず飛び出してしまった……
初めて見るレンの母親は、桃色の髪を肩にかからないくらいで切り揃え、耳の上あたりに角が生えたすらりとした女性。
髪の色こそ違うけれど、瞳の色は同じで、顔立ちも一目でレンと母娘だと判る。
ただ、目力が異様に強い……
声や言葉遣いから、穏やかな人を想像したけれど真逆だった。
「どなたでございますか?」
唖然としていると今度は少し語気を強めて訪ねられる。
「し、失礼しました。ここで働いているアレクシス= リュミエルと申します!」
「…………リュミエル?」
「母上! アレクを威嚇しないでください! それにもういいでしょう!?
お帰りください!!」
それから暫く『帰れ』、『一緒に帰れ』、『嫌だ』の押し問答が延々と繰り返された。
割って入ったオレは両者から『黙ってろ』で撃沈……悲しいな。
最終的に疲弊しきった二人は、ワスレナグサで落ち着いて話すことで同意したみたいだ。
――『ワスレナグサ』 客間
向かい合って座る母娘から、とんでもない圧を(主にレンから)感じる。
宿の仕事が染みついているのか、こんな中でも自然とお茶を淹れてレンの母親の前に置いた。
「あら、ほうじ茶でございますね、有難うございます」
「アレク! 茶など出さんでいい、すぐにお帰り頂く!」
おぉう、怒ってる怒ってる……
でもこのままはマズいよな、母親には目の前で失礼だけどレンに耳打ちするか。
(なぁ、レン。話を聞かずに追い返すのはマズくないか?)
(なぜじゃ、話しても母上とは分かり合えん。それともお前さんもワエに望まん相手へ嫁げと言うのか!?)
(いや、そんなこと言わないって。でもさ、話もしないで追い返してもまた来るじゃないか?)
「うぅむ……」
「話は終わりましたか?」
ゆったりとした所作でお茶を飲む母親の余裕も気に入らないのか、相変わらずレンは食ってかかる。
「そもそも、どうして此処が判ったのですか?」
「ふぅ……ご馳走様でございます。
突然噂になった宿、そこに他国の身分の高そうな者も宿泊していると耳にしたのでございますよ。だからシノに訊いてみたら思った通り、貴女が居る、と」
コトンと
まさかここで、シノさんが出てくるとは……
「そうでしたか……おじ様から……」
「えぇ、げんこつ4~5回で快く」
殴ったんだ……パワーだなぁ……
「そうだろうと思いました」
思うんだ……母娘だなぁ……
「さぁ、もうよろしいでしょう? 何十年も隠れて暮らし、満足でしょう?」
「だからワエは帰りません! 何度仰られても母上の決めた相手へ嫁ぐなどあり得ません!」
「まあ随分と聞き分けの悪い……。
『かか様~』とついて回ってくれた、お利口な貴女は何処へいってしまったのでございますか?」
「いつの話をしているんじゃ!!」
レンが遂にキレた……膝を叩いて怒りを露わにする。
それでも彼女の母親は意に介さずに言葉を続ける。
「レンカク、貴女も分かっているのでございましょう? みなに畏れられる貴女が幸せになれる相手は限られているのでございますよ」
「その言い方はヒドくないですか……?」
思わず割って入ってしまった。
だってそうだろ? レンの幸せを勝手に決めつけるのは認めたくない。
「レンの幸せはレンが決めることです。
それは誰かと結婚しないと叶えられないものだとは思いませんし、もし相手を決めるとしてもレンが納得しないと幸せなんて言えないんじゃないですか?」
「……貴方にこの子の何が判るのでございましょう?」
「――!?」
出過ぎたことを言った自覚はある、でも言わずにはいられなかった。
オレが反論したことで、レンの母親から表情が消える。
そうして、恐ろしい程の無表情で淡々と事実を述べるよに彼女は言った。
「理不尽に世界に否定される
「母上ッ!!」
「その血を継いだレンカクを理解できるのは同族のみ。
レンが
だって
それにレンは鬼人族だろ? 角に牙、姿の特徴も母親と同じじゃないか……
でも……もし母親の言っていることが真実だとしたら、ツークの門前で兵や通行人たちが見せた反応も辻褄が合ってしまう。
人々が産まれながらに本能として持つ三大忌避の一つ、
「アレク……ワエは……」
「レンカクも聞き分けなさい。貴女がしていることは一時の遊興。
この男とどのような間柄かは存じませんが、生きる刻が違いすぎるのでざいますよ? 儚いと分かっていて情を抱くものではございません」
「……――ッ!!」
「レンっ!!」
レンは目に涙を溜めて部屋を飛び出していった。
そんな彼女を見ても表情一つ変えない母親に憤りを感じたけれど、今はそれどろではない。
急いでレンを追うんだ……!!
レンの背中を追うオレは「もっと速く!」と、慌てたご先祖様の声が聴こえた気がした。あぁ分かってるよ!!
【レンカクの母親(スイカク) イメージ】
https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093081578785116
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