chap.4 冬 ~ 鬼の花嫁
ep1.末裔は再び悶々とする
■後神暦 2649年 / 冬の月 / 星の日 pm 07:00
――『ワスレナグサ』 広間
「アレクよ、ほれ、あーんじゃ」
なぜか
貿易都市ツークから帰ってきて暫く経つけど、このところレンがおかしい……
「あ、あーん……」
すんごい態度が甘々なんだよな……もう白砂糖を一気飲みしてる気分だよ……
「どうじゃ? 美味いか?」
「う、うん……(自分で作ったからな)」
最後は小声で呟いた。
もう恒例になった晩酌も最近ではこの調子。
レンが何かを言おうと決意したような顔をして、言い淀む。
その後は酒が進むと甘々になる、これが毎回……アリアに何か吹き込まれたのか?
「なぁレン、何かあった? 最近変だけど……」
「ななな何を言う! 普段通りじゃろ!?」
そうかなぁ……絶対違うんだけどなぁ……
もちろん、甘々なサービス(?)は嬉しくないワケではない。
でも勘違いしてしまいそうになるからキツイんだ。
あの日、レンが死んでしまうかも……そう思った時に自覚した。
たぶん、オレはレンが好きだ。
初めてのことだから確信が持てないけど、金糸の髪が腕に触れるだけでもドキドキしてしまうのは普通じゃない。
こんな時、どうすれば良いんだ? 教えてくれよじいちゃん……
毎日生殺しで……オレ、どうにかなっちゃいそうです……
「それで?」
レンが肴を盛った器を箸で叩きながら言う。
お行儀悪いから止めような?
「それでって……?」
「ワエは『あーん』してやった。見返りはないのか?」
オレも……やる……のか……?
「あ、あーん……?」
「あむっ……! うむ、美味い!」
尖った八重歯がまた可愛らしい……じゃない!!
本当にどうしちゃったんだよ?
恋愛どうこう以前にレンは大切な人だ。
だけど……レンから見ればオレなんて子供みたいなものだろう?
気持ち伝えてたところで、あしらわれるのは目に見えてる。
そもそも恋かも分からない気持ちを伝えるのは失礼だよな……
「でもなぁ……なんかないかなぁ……」
「何がじゃ?」
しまった……声に出てた……
ヤバいヤバいヤバい、どう誤魔化す?
「えっと……レンと旅行いきたいなぁ……なーんて……」
何言ってんだオレは!?
誤魔化すにしても、もっと他にあっただろ!!?
「よいな! 狐面も新調したし、行きたいぞ!!」
いいのっ!?
でも行先なんて考えてないぞ……どうしよう、じいちゃん……
少しでも考える時間を捻出する為に、ゆっくり……ゆーっくりと盃を傾ける。
……旅行と言えば思い出されるのは、あの
やれ、どこに行った、何食べただの……でも、あれ?
「パクス=シェルなんてどう……?」
そうだよ、ブタ野郎が首都に遊びに行ったと自慢してて、『オレは住んでたけどね!』と思ったことがあったっけ……良い思い出は少ないけど、アルコヴァンの首都だ、街並みだけは栄えてる。
「お前さんの生家がある街か! よいな! いつにする!? すぐ発つか!?」
「いや、さすがに冬の月が明けてからにしないか?」
旅行は嬉しいけれど、パクス=シェルは遠い。
しっかりとした準備が必用だ。
「路銀なんかも貯めておかないといけないしさ」
「うむ! そうじゃな! では明日から励まねばな」
それに……年始のアレが過ぎてからがいい。
確率が限りなく低いと分かっていても警戒をする。
世界の常識だ……
~ ~ ~ ~ ~ ~
旅行を計画して、ひと月半が経った。
――『ワスレナグサ』レンの私室
あの日からレンは異常なほどに陶器を作っている。
圧倒的な物量で高品質なモノを作り、ツークまで一人で跳んで行く。そうして数日後には、目を回したアリアを連れて帰って来て作品を売りつけていた。
それに……
「年始までひと月を切ったのぅ。楽しみじゃなぁ」
ずーーーーっと機嫌が良い。もう怖いくらいに。
「あはは……レンが驚くほど稼いでくれたから豪華な旅になりそうだな。
オレはちょっと肩身が狭いよ……」
「ふむ、男の矜持、と言うやつか?
カカカ、そんなことを気にするな、お前さんは宿を支えてくれているじゃろ?」
オルヴィムさんとアリアに勧められて買ってきた旅行カバンを眺めては、何を入れるか楽しそうに選んでいるレンはそう言った。
「まぁそっか。……うん、宿の仕事は任せろよ!
でもさ、今からカバンに詰めても意味なくない?」
「莫迦者! 何事も最良を目指して鍛練する。常識じゃぞ?」
「いや鍛練って……――」
――御免くださいまし
話しの途中で、玄関から鈴の音のような、それでいて良く通る声が聴こえた。
初めて聞く声、新規のお客様かと思ったが、とたんにレンが険しい顔で部屋から飛び出す。
慌てて後を追うと、既に玄関に着いたであろうレンの怒声が響く。
「何をしに来たのですか!? ワエに構わないでください!!」
語気は強いけど口調は丁寧……誰と話してるんだ?
「お帰りください!! 母上っ!!」
は、母上ぇぇ!!?
立ち止まったオレに「娘さんを僕にってやつだ!」と、ご先祖様が嬉しそうに言った気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます