狐の来訪者

ep1.末裔はお客様に絶句する

■後神暦 2649年 / 夏の月 / 地の日 am 10:00


――『ワスレナグサ』 広間


「もうここに来てそろそろ半年、夏の月ももう終わりか~」


「カカカ、お前さんも宿の仕事が板についてきたのぅ」


 広間に面した縁側にレンと座り、東屋を眺めながら何気ない話をする。

 森に宿までの道を通すこともでき、客も少ないながら来るようになった。


 まぁ、来たと言うより、森に迷い込んだに近いんだけどな……

 でも! リピートしてくれる人もいるし、これからも頑張っていこう。


 ……それはそれとして、だ。

 隣に座るレンがいつもと違い、どうしても気になってしまう……


「あのさ……今日の着物、すごく良いモノじゃない?」


「おぉ、分るか!? 

ワエが持っている中で一番のモノだぞ、どうじゃ?」


 レンは立ち上がり両手を広げてくるりと回る。

 吸い込まれそうな黒地に、風に流れる淡い空色の勿忘草わすれなぐさの柄の着物。


 無邪気に笑う彼女を見てドキリとしてしまった。

 どこか達観したようないつもの笑顔ではなく、心から嬉しそうに笑うレンは綺麗だと思った。


 でも口にするのは何だか気恥ずかしい、だから……



「あぁ、すごくだ。でも、なんでそんなとっておき着てんの?」


「うむ、今日はおじ様がいらっしゃるからな、気合いも入ろうよ」


「え……? おじ様って……聞いてないけど?」


「いや、言ったぞ、確か一昨日じゃ」


 記憶を手繰り寄せる……そう、あれは晩酌のときだ。


 ――『アレク、明後日におじ様が来る。もてなし頼むぞ!』

 ――『客か! 任せとけよ~』


 うん、確かに言ってた……

 でもさ、大切なことは酒呑んでないときに言ってくれないか?

 しかも深酒した後に聞いた気がするぞ。



「ヤバい……もてなすって言っても料理は普段のモノしか出せないぞ……?」


「うーむ……そうじゃ、豆腐はあったよな?」


「あるよ、昨日いっぱい作ったから」


「それは重畳ちょうじょう。すぐに準備するぞ!」


 レンに手を引かれ厨房へ向かう。

 そこで指示されたモノは……


「油揚げじゃ!」


「油揚げ? そんなんで良いのか?」


「おじ様は拘りが強い方でな、気に入った食べ物だけを食べ続けられる方なんじゃ」


「それは偏食なだけなのでは……?」


 とは言え、今ある物で作れる料理なのは助かる。

 今から豆腐の水抜きをすれば夕食までには間に合う。

 オレはすぐに仕込みに取りかかることにした。


 …

 ……

 ………


――同日 夕刻


「掃除よし、仕込みよし、笑顔……よし、レンのおじ様よ、いつでも来い!」


「うむ! 頼むぞアレク! 毎回食事を持参させていたからの……心苦しかったんじゃ」


「なぁ、おじ様ってどんな人なんだ? そう言えば聞くの忘れてた」


「そうさな、一言で言えば”根っからの商人”じゃ、お前さんとも気が合うかもな」


 聞けばレンの陶器を高価に買い取ってくれているのは、そのおじ様だそうだ。

 つまり超お得意様ってことになる。粗相はできないぞ。



「てっきりアリアに売ってる分で稼いでるんだと思ってたよ」


「あ奴には売ってるのは食器。間違ってはいないが、おじ様が買ってくださる花器の方がどうしても高値になるんじゃよ」


「フッ……オレが作ったのは売れなかったけどな……」


「カカカ、気を落とすな。

それに一朝一夕で売れる物を作られてはワエも立つ瀬がなくなるわ」


「あ……」


 そうだ、レンは陶芸家、つまりその道を究めようとしている者だ。

 金を稼ぐ手段としか見ていなかったオレとは向き合い方が全然違うはず……



「ごめん……」


「そう重くとらえるな。あぁ、おじ様がいらっしゃる前に言っておくことがある」


「言っておくこと?」


「そうじゃ、恐らくおじ様を見て驚くと思う。

しかし、決して頭に浮かんだことは口にするな、これは絶対じゃ」


「……? わかった」


 思ったことを言っちゃダメって変な注意事項だな。

 よっぽど奇抜はセンスなのか、もしくは強面とか?


 そんなことを考えていると玄関から涼やかな声が響く。



 ――ごめんくださーい



「いらっしゃったぞ。いいか、先のこと努々ゆめゆめ忘れるなよ」


「あぁ、任せてくれよ。取り繕うのは得意なんだ」


「……そうか」


 おじ様、どんな人だろうな、でも今の声って……


 思うところはあったが、彼を出迎えへと急ぐ。

 そうして玄関に立っていたのは一人の狐人族こじんぞくの女性。


 鮮やかな赤髪に同色の耳、それにふわふわの尾。

 髪は高めの位置で一本に結われ、纏う着物の品の良さはレンのとっておきにも負けていない。



「遠路お疲れ様です、


「…………」


 咄嗟に頭を下げたが、言葉が出なかった。

 レンが言った『思ったことを口にするな』はきっと目の前の女性がおじ様と呼ばれていることだろう。


 でもオレが絶句した理由は違うんだ。


 オレはこの人をよく知っている。

 いや、古都リム=パステルで暮らしていれば知らない者のほうが少ない。



 ――……シノ=フクス=カーマイン



 古都最大の大店おおだな、カーマイン商会……そこの会長が目の前に立ってるんだけど?

 それがレンのおじ様……? レンって本物のお嬢様じゃん。

 ってかカーマイン会長って男だったの……?


 嘘だろおい……


 様々な考えが頭を巡り、下げた頭をあげることが出来ずにただ床を見つめていた。



 足元を凝視するオレに「あはは、※※※さんそっくり~!」と、誰かが笑った気がした。


【シノ イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093080272099867

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