幕間.末裔は無職に怯える

■後神暦 2649年 / 夏の月 / 星の日 am 10:00


――『ワスレナグサ』 レンカク作業場


 嵐のようなアリアが帰って数日。

 オレたちはゆったりと時間の流れるいつもの日常に戻った。



「……お前さん、ずっと見ているが楽しいか?」


 回る轆轤ろくろから目を離さずにレンが言う。



「楽しいよ」


 シンプルに答える。

 何の変哲もない塊が、こねられ、台の上で少しづつ形を成していく様は見ていて楽しい。


 それに陶器を作るレンには、どこか隔絶した美しさを感じる。

 背筋がゾクゾクとして彼女から目が離せなくなるんだ。


 …

 ……

 ………

 …………


 暫くの後、レンが手を止めた。

 次は作品を切り離す作業だ、何度も見て覚えている。


 ……と思ったが、手の泥を落としたレンはおもむろに破琉刃はるぱー抜いた。



「せあっ!!」


「はぁ!?」


 いつもは細い糸で括って切り離すはずが、ご自慢の小刀で横薙ぎ一閃。

 切り口から1ミリもズレていない作品を二本指でスッと持ち上げこちらを見る。

 なんとも見事なドヤ顔で、だ。



「うむ、見事じゃろ? ぱふぉーまんす、と言うやつじゃな!」


「凄いけど、それで作品がダメになったらどうすんだよ……」


「ワエがそんなヘマをするワケなかろう?」


 カカカ、と笑うレンはいつもの彼女だ。

 先ほどの芸術品のような女性と、今の少女のような笑顔のギャップにオレも苦笑いしながら、乾燥の終わった陶器を焼きに窯へと行くレンについていった。



――窯元


「ひと段落じゃな」


 窯の火が安定して、タスキを解いたレンがわら束に腰をかける。

 毎度思うけど、よく着物を汚さずに作業できるものだ。



「お疲れさま、なんか飲むか?」


「うむ、ではアレク茶を」


 アレク茶……煎じた茶葉で淹れたモノだ。

 一般的には『ほうじ茶』と呼ぶらしいけれど、オレが淹れるとレンはそう呼ぶ。

 しばき丸にアレク茶、どうして変なネーミングをするんだ……



「なぁ、なんでレンは陶芸家になったんだ?」


 窯の前に座るレンに茶を渡しながら訊いた。

 ずっと気になっていたんだ、異次元の膂力に卓越した武術。

 軍人が望む多くを持つ彼女が、どうして陶芸の道へ進んだのか。



「ふむ……何故、か。

分からん、強いて言えば陶芸これがしっくりきたからかの」


「レンって相当強いだろ? 軍人とか傭兵は考えなかったのか?」


「カカッ、そうさな、単純な力比べなら国でも屈指だと思うぞ。

ただ、故郷や他国で武人になることは考えておらんよ」


「なんで?」


「うぅむ……何と言えば良いか……出来ないじゃよ」


 やりたくないんじゃなくて、出来ない……か。

 だよな、短刀の型だって素人のオレでも洗練されていると思ったもんな。


「家や親から反対されているとか?」


「いいや、ワエの生家は武芸の名門でな、そう言ったことはなかったぞ」


「そうなの? じゃあ……」


「前に話したじゃろ? 

特異な力、特異な姿、それらは時として畏怖され、そして忌避されるもの……」


 レンの顔は困ったような、少し憂いを帯びたような、そんな表情。

 これ以上は踏み込まれたくないのかもしれない。


 気まずくなったオレは話題を変えることにした。



「それにしても、結構なペースで作品を作ってるのにスッキリしてるよな」


「ん? 言ってなかったか? 

年に数度、おじ様が買い取ってくださってるんじゃよ」


「へぇ、しっかり商売してんじゃん」


「当然じゃ、金がなくては何も買えんよ」


 てっきり行商で来るオルヴィムさんと取引をしているのだと思っていたが、レンにはしっかりとした収入源があった。


 そっか、だからこんな森の奥で悠々自適な生活ができてるのか……

 確かアリアも仕入れって言ってたもんな。

 ……ん? 待てよ……そうなるとオレだけ何もしてなくないか?


 この3か月でオレが稼いだと言えるのはアリアの宿泊の一回だけ……



「な、なぁレン、オレも器を作りたいんだけど……」


 無職はマズい、このままじゃオレ、紐じゃん。

 商売云々語っておきながらそれは恥ずかし過ぎる!!



「かまわんが、顔が青いぞ? 大丈夫か?」


「あぁ! 大丈夫だ、作業場に行こう、今すぐ行こう!!」


 レンの手を牽いて作業場へと走った。

 手順は何度も見て覚えている。どかりと座り、土をこねた。

 そうして人生初の轆轤ろくろに向き合う。


「見ていてくれ、レン。オレは無職のごく潰しじゃないからな!!」


「う、うむ」



 粘土を睨むオレに「ほんとに大丈夫……?」、と誰かが訊いた気がした。

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