レンカクside.『怖くない』

時間が少し戻ります。

アリアが宿泊した夜のからのレンカク視点の出来事です。


――――――――――


■後神暦 2649年 / 夏の月 / 黄昏の日 pm 06:00


――『ワスレナグサ』 浴場


騒がしい夕餉ゆうげを終え、湯船で足を伸ばす。

奴が着たときはいつものことじゃが、今日はどっと疲れたわぃ…


「ふぅ…ったくアリアめ…いきなり来おって、煩くて堪らん」


しかもアレクを誘惑までして、なーにが自然と当たるじゃ。

何故だか無性にイライラするのぅ。


「え~ひどいよレンちゃーん」


「…ッ!?」


いつの間にかワエの背後にアリアがしゃがんでおった。

こ奴、音の他に気配を消すことまで上達しておるのか…



「おい…何度も言っておるじゃろ、急に声をかけるのは止めろ」


「レンちゃんが声を出してビックリしてくれるまで止めな~い」


「はぁ…もういいから入れ。そこにいられても居心地が悪い」


「え~棘があるな~。まっいっか」


当然のように隣で湯につかるアリアに『当てつけか?』とジットリと睨む。

しかしワエの視線など気に留まらないようだ。



「レンちゃん、良かったね」


「何がじゃ?」


「もちろんアレクくんだよ~、あんなに自然に一緒にいてくれてさ~」


「はんっ、慣れじゃよ。お前さんもそうだったろ?」


「そうかな~、あたしには全くように見えるんだけどなぁ」


そんなはずはない。

アレクは肝が据わっておる、それに商人とは感情を読まれないようにするのが得意だと聞く、ぽーかーふぇいすと言うやつじゃな。



――だから…変な期待をするな、そんなはずはないんじゃ。



「莫迦を言うな、姐様以外にそんなことあり得るワケがなかろう、カカカ…」


「ふ~ん…じゃ、あたしもう上がるね~」


含みのある笑みを浮かべてアリアはさっさと風呂から出ていった。

そうして独りになり星を見上げる。



「畏れられるのも、忌まれるのも、どちらも慣れておるよ…」


さて、ワエも上がるか。

晩酌は……いらんな、気分ではない。



――同日 寝室


早々と横になったが、まぶたを閉じるとアリアの言葉が頭を巡る。

続いて思い出されるのは幼きころの記憶。


いつも同年代の童子たちが遊ぶ姿を遠くから眺めていた。

もちろん、その輪に入ろうともした。

しかし駄目だった、ワエはみなに畏れられる。


ある童子はワエを見て泣きじゃくった。

ある童子はワエを指差し罵倒してきた。

ある童子はワエに向かって石を投げてきた。


なまじ力の強かったこともワエが孤立していった原因だったのかもしれんな。

この血は、この力は、この姿は、世界から呪われている。


だから、期待はするな。


そう諦めると心が落ち着く。

ようやく来た眠気を受け入れてワエは独り眠りに落ちた。



~ ~ ~ ~ ~ ~



――翌日 『ワスレナグサ』 東屋


「うむ、良いな。やはり朝は空気が澄んでおる」


薄っすらと朝霧のたつ庭をアレクと建てた東屋へと歩く。

昨晩は久しぶりに早く床に就いたからか、相応に早く目が覚めてしまった。



「だよね~、あたしもこの時間好きー」


「ぬわっ!? …おいアリア、お前さん楽しんでおるじゃろ?」


「そんなことないよ~、でもやっと声出して驚いてくれた~! 

アレクくんとそっくりな反応だったねぇ~」


「戯言を…ワエはあ奴のように動揺などしないぞ」


昨夜と同じく突然背後に立つアリアには溜息が出る。

名家の箱入り娘だったはずが、どうしてこうなってしまったんじゃ…

それにアレクと同じ反応などと……ん?



「ちょっと待て。お前さん、昨晩アレクに会っていたのか?」


「…うん。ちょっと聞きたいことがあって会いに行ったんだけどね…」


「だけど…?」


「会いに行ったとたん、アレクくん、あたしの胸に顔を押し付けてきてさ~。

中々積極的でドキドキしちゃったよぉー」


「な、な、なんじゃと…!?」


あの男…!! あ奴の色恋に口を出すつもりはないが、節度があるじゃろ…!!

しかも、よりにもよってアリアに手を出したか…!!



「でね~」


「いや、それ以上言わんでいい。用事があるからワエはぞ」


姐様…ろりこんではなくとも、節操のない者も滅ぼして良いですよね…?


ワエは部屋へ戻り『しばき丸』を手に厨房へ乗り込んだ。

奴はマヌケ面で朝餉あさげの準備などしておった。



「昨夜はお楽しみじゃったようだの……」


「…はい?」


ほう、とぼけるか…

良い覚悟じゃ、ひき肉にしてくれよう…


しばき丸の名工ぶりを味わわせてやる、そう思ったが、事態を察したアレクが必死に弁明を始めた。話を聞くに、どうもワエはアリアに担がれたらしい。


うむ、ひき肉の材料を変えるか…


「…それで、アリアがレンのことを怖くないかって聞いてきたんだよ。

可笑しいだろ? 怖いワケないよな、話も脈絡がなかったしさ」


『怖くない』、たったそれだけの言葉を聞いただけじゃが、刻が止まったように思えた。


幼少の経験から、嘘や悪意を察するのは自信があった。

しかし、『怖くない』、そう口にするアレクからはを微塵も感じない。



――『大丈夫だよ、レンを怖がらない人はお母さんと僕以外にも絶対いるよ』



ずっとずっと昔に姐様が言った言葉。

アリアも、オルヴィムも、他の者たちも、理性で抑えられているだけで、心の底にワエの畏れがあるのは分かっている。


アレクも同じだ、そう思っていた。

そう思っていたが……違うのか? 姐様、信じて良いのですか?



「…そうか。、か」


分からない、分からない、が…今はこの温かい気持ちを感じていたい。

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