ep2.鬼の女将の秘密
■後神暦 2649年 / 夏の月 / 天の日 am 00:20
――『ワスレナグサ』 中庭
夕食後、アリアを部屋へ案内し、朝食の準備や風呂を済ませ中庭に出た。
そこの丸太の長椅子へ腰をかける。
「すっかり習慣になったなぁ」
独り言を呟いて盃に酒を注ぐ。
いつもはレンも一緒だけど、今日に至ってはアリアの相手をして、「疲れた」と言い早々に休んでしまった。
「ははは……」
一人で思い出し笑いをすることを気持ち悪いと言わないで欲しい。
だって仕方がない、レンの奴、夕食に”生姜焼き”を作ったら『当てつけか?』とジットリと睨んできたクセに、いざ食べたら『美味ーい』だもんな。
何気ないけど、楽しいんだよなぁ……
そう思いながら盃を傾ける。
「…………」
酒は美味いは美味い。
でも何か足りない。
そこそこして切り上げよう、そう思って盃に残った酒を煽ると後頭部に柔らかいモノが当る。
「あらら~? さっきと違って積極的だねぇ~」
「ふぐっ……!!」
含んだ酒を霧のように吐き出す。
それはそれは見事な水粒で、日中なら虹ができただろう。
「なんで毎回当てにくるんだよっ!?」
「いや~オル兄ちゃんみたいで面白いから~」
「兄妹で何やってんだよ……」
「ん? オル兄ちゃんは親戚のお兄ちゃんだよ?」
もっとタチ悪いわ……
アリアは流れるように自然に隣へ座り、オレの盃を持って酒を注いでと突き出す。
何となくだけど、この場面をレンに見られたらヤバい気がする……
でも、オレの知らないレンのことを聞く良い機会かもしれない。
「なぁ、レンとは昔からの付合いなのか?」
「んー10年くらい? 初めはおとーさんとオル兄ちゃんに連れて来てもらったんだ~」
「オル兄ちゃんって確かオルヴィムさん……だよな?」
「そそ、オル兄ちゃんはあたしが産まれる前からレンちゃんと付合いあるらしいよ」
アリアは多分オレと歳が近い。
その彼女よりずっと長い付き合いと聞いて、説明ができないモヤっとした感情が湧いた。
これが何なのか分からずに顔をしかめているとアリアがため息を吐く。
「ハァ……アレクくんさぁ~……その顔はダメだよ。顔に出過ぎ」
「何がだよ?」
「それも分かんないか~。まぁ『一度も砦に攻めたことのない兵士』はそんなもんか」
なんとなく悪口だってことは理解できる。
彼女曰く、オルヴィムさんも同じだそうで、彼には”ヘタレ”、とバッサリだった。
レンは『一度も攻められたことのない砦』なので別に悪くないらしい。
「意味わかんないんだけど……何でオレとオルヴィムさんがダメなんだよ……」
「んふふ~、ダメってワケじゃなよ~。
ところで、アレクくんはレンちゃんのこと怖くないの?」
「そりゃ怖いさ、あんな金棒でぶん殴られたら死んじまうだろ?」
「違う違う、そーいうのじゃなくって、もっとゾクゾク~って感じの」
何を言っている?
不機嫌なレンは怖いと思うけど、アリアが言うような感覚になったことはない。
なのでハッキリと答える。
「ないね」
「今まで一度も?」
「一度もない」
「そっか~」
アリアはふわりと笑う。
どことなく『安心した』、そんな表情だった。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「えっとー……あはは、あたし、もう寝ることにしまーす!!」
言うが早いか、視界からアリアが消え、見回しても彼女は見つからなかった。
レンが教えてくれた、『アリアの魔法は音を消す』。
加えて、彼女の家系は身体能力がやたらと高く、一度見失うと気づいたら背後にいるなんてしょちゅうだそうだ。
もうそれは
嵐のようなアリアが去ったあとは夜風が妙に冷たく感じた。
部屋に戻ってさっさと寝よう、そう思い晩酌セットを片付けた。
~ ~ ~ ~ ~ ~
――翌朝
「昨夜はお楽しみじゃったようだの……」
「……はい?」
朝食の準備をしていると厨房にレンが入って来た……が。
なんで『しばき丸』持ってきてるんだ……?
「もう一度言おう。昨夜はお楽しみじゃったようだの……?」
「朝っぱらから何言ってんの?」
「ほぅ、とぼけるか……。
ところで、
レンの瞳に光がない……訊けば、今朝のことだ。
アリアが昨晩、オレが彼女の胸に顔をうずめてきた、とレンに話したらしい。
お陰でオレが朝飯にされそうなんだけれど……何言ってくれてんの?
「いやいやいや!! オレの話も聞いてくれよ!!」
オレは昨夜の東屋での出来事を
こっそりレンの友人関係を聞こうとしたことには後ろめたさはあったけれど、ミンチにされそうなことを考えれば、そんなもんがなんだってんだ。
「……そうか。怖くない、か」
まただ、アリアと同じ安堵の顔……?
「しかし! 偽りがあれば、タダでは済まんぞ?
まぁ……しばき丸か
「どっちも嫌に決まってるだろ……」
自慢の金棒で肩を叩きながら腰の短刀を撫でる姿にオレは思った。
――うん、やっぱりレンは怖いわ……
恐々とするオレに「流石あの人たちの子孫だねぇ」、と誰かに言われた気がした。
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