chap.2 夏 ~ 来訪者たち
狼の来訪者
ep1.末裔と鬼はたわわに翻弄される
■後神暦 2649年 / 夏の月 / 黄昏の日 pm 06:00
――『ワスレナグサ』 門前
無実の罪でアルコヴァンから逃れ、此処へ辿り着いて気づけば三か月になる。
昼は客の来ない宿を掃除して、夜はレンと一緒に酒を呑む。
商売の進みは全然だけれど、最近ではこんな生活も悪くない、なんて思っている。
とは言え、商売を諦めたワケではないし、道の整備も忘れていない。
それに鬱蒼とした森の開拓も、レンが手伝ってくれるようになってから恐ろしいほどにペースが上がった。
ただなぁ……金棒一振りで木を何本も纏めて叩き折るとか間違ってるよなぁ……バケモノじゃん。
そんなことを考えながら、屈んで木材を選り分けていると頭上から声がした。
「こーんばんはー、レンちゃん居ますか~?」
見上げるとそこには…………胸に隠れて顔が見えない……誰だ?
オレが固まっていると相手も屈んで目線を合わせてきた。
暗い茶色の髪に褐色の肌、頭の上にピンと立った耳、恐らく
「もっしもーし、聞こえてますか~?」
小首をかしげてきょとんとした顔をする女。
多分、”あざとい”ってこんな娘に当てはめる言葉なんだろうな。
初めて相手するタイプだ……
「……レンなら中にいるよ、ところでアンタは?」
「アリアだよ~、アリィって呼んでいいよ~」
「いや、呼ばないかな……とにかく中へ入っ……――!?」
アリアと名乗った少女が突然腕を絡めてきた。
急で驚いたけれど、今、動揺しているのはそこじゃない。
「離れろって、当たってる!!」
「えぇ~? 当ててるんだよ~」
このままだと完全にペースに飲まれる……
そう危機感を持った時、宿の方から恐ろしく冷たい声がした。
「ほぅ、騒がしいと思えば……何をしておる?
うちは出会茶屋ではないぞ……?」
「レンちゃーん! あたしが来たよ~!」
腕を組み、目一杯、顎を上げてこちらを見下すレンが玄関に立っている。
しかし、彼女の威圧などどこ吹く風でアリアはにこやかに手を振った。
怖いもの知らずにもほどがあるだろう……
「アリア、その腕を放せ……駄肉を押し付けられてアレクシスが困っておろうが」
名前で呼ばれるのは何だか嬉しい。
こんな状況じゃなければな……
「えぇ~自然と当たっちゃうんだよ~、レンちゃんもそうでしょ~?」
おい、それはマズいっ……―!?
瞬間、レンが視界から消えた。
あの足場を創る魔法を用いた異次元な移動法だ。
気づけばレンはアリアの真後ろに立っていた。
「レンちゃん……あのね、お尻に固いモノが当たってるんだけど……?」
「莫迦言え、当てておるのじゃ」
「待てレンっ!!
レンは自分のスタイルを気にしていないけれど、今はその話題に触れてはいけないことくらいオレでも分かる。
思い留まってくれた彼女はブンブンと金棒で空を切って、最後は肩に乗せフスと鼻を鳴らす。
「はんっ、『しばき丸』の餌食にならんで命拾いしたな!
アレクシスに感謝しろ、アリア」
え……その金棒ってそんな銘なの?
ダサっ……
「いやいや~、それ『
だよな、そんなふざけた銘をつける工匠なんていないよな。
「なぁレン、なんでそんなあだ名つけてんの?」
「あたしが教えてあげる! レンちゃん、昔に邪砕丸を噛んで『じゃしゃいまりゅ』って言っちゃんだって~、おとーさんが言ってた!」
「おいアリア……ひと思いに頭を
その反応、マジなんだ……じゃない!
止めないと死人が出る!
客がこないうえ、殺人が起きた宿なんて笑えないぞ!?
オレは惨劇が起きる前にレンから金棒を取り上げ、二人の背中を押して宿へと入る。
途中、背負った金棒が重すぎてエビ反りになりかけたが何とか堪えた。
こんなもん、どうやって振り回してるんだ……?
~ ~ ~ ~ ~ ~
――『ワスレナグサ』 客室
「それで……こんな宵の口に何の用じゃ? いつもは日中に来てさっさと帰るだろう?」
「やだな~、もちろん仕入れだよ~。
夜に来たのはご飯がまともになったってオル兄ちゃんが言ってたから、食べてみたいなーって」
邪険に扱うレンを物ともしないアリア……もしかすると、とんでもない大物かも。
それに『オル兄ちゃん』は知ってるぞ、日用品を売りに来てくれる行商だ。
いつも魔法で姿を消しているらしく、見たことはないけれど、アリアと兄妹なのか?
いまいち関係が掴めないけれど、アリアは言った、『ご飯を食べたい』と。
そして今は夜だ、つまり……
「レン……お客様だぞ……ようやく……ようやく宿泊客が来てくれたぞ!!」
「は!? 莫迦を言うな、こ奴は客なんぞではない!!」
「んーん、あたし、ちゃんと泊るよ。もちろんお金も払うよ~」
「ほら見ろ! しゃーらっせーっ!!」
「お前さん、『いらっしゃいませ』くらいまともに言えんのか……?」
畑違いだけど、久しぶりの客商売だ、気合い入れていこう。
アリアを見るオレに「空回りしないでね!」、と誰かが気まずそうに言った気がした。
【アリア イメージ】
https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093079987963912
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます