閑話.その名刀、銘を破琉刃と言う

■後神暦 2649年 / 春の月 / 空の日 pm 03:00


――『ワスレナグサ』 中庭



穏やかな風が木々の葉を揺らし、柔らかに差す光が心地の良い。

最高の午後の一時だ。


……目の前で恐ろしい刃物が研がれている光景さえいなければ。



「なぁレン…なんで庭で刃物研いでんの?」


「こんな気持ちの良い日に外で研ぎ仕事をしないのは損であろう?」


シャッ、シャッ、と一定のリズムでレンは研ぎ続ける。

その刃は手首に引っかけようものなら、簡単に骨ごと断ち切りそうだ。



「いや…気持ちいいのは分かるけど、何も外で研がなくてもいいだろ…

それに、その刀? 鎌? 十分に鋭いだろ? 何を斬る気なんだよ」


「莫迦を言うな。姐様から頂いた名刀、何はなくとも美しく磨くのは当然のこと」


そう、風呂場でも聞いたティスタニアがレンに渡した刃物。

幼いころに貰ったとレン言っていたけれど、何がどうしてそうなったんだ?

一度考え始めると知りたい気持ちがむくむくと湧いてくる。



「なぁレン…なんでそれを貰うことになったの?」


「ん? 気になるか? そうさな…では話してやろう。

あれは90年以上前のことだ…」


90年って…オレたち魔人族からすると人生の大半の話になるんだけどな…


レンは昔話のような語り口調で話し出す。



「あれはワエがまだ花の蕾のような頃じゃった…」


今も蕾くらいの身長だけどな…


「自分で言うのも何じゃが、幼いワエは中々に可憐でな。

あの頃はまだ母との仲も良かったんじゃが、ある日、言い合いになって屋敷を飛び出したんじゃ」


何だろう…色々言いたいけれど我慢だ…


取り合えず相槌を打って先を促す。



「故郷のアヤカシは国でも一番の街でな、それはそれは賑やかな街なんじゃ。

その分、れ者も多くおる。

ワエは裏通りに迷い込んでしまってな…そこで一人の男に声をかけられたんじゃ」


「人攫いか?」


「わからぬ、ただ『お嬢ちゃん、一人?』と息は荒かったな」


うん、変態さんだな…


「独りだ、と答えると腕を掴まれたんじゃが……」


「そこで姐様が助けに来た…と?」


「いや、男の股座を蹴り上げてやった」


マジかよ…そこは助けに来る流れだろ?


「そうして不埒者を叩きのめしてやって、気も晴れたから屋敷に帰ったんじゃ」


「ちょっと待ってくれ……全然、話が繋がらないんだけど…」


このままだと、ただ変質者をぶちのめしただけの話になる。

意味が分からないと訴えるオレにレンは「急くな」と言って続ける。



「その時期は祭があってな。

滅多に顔を出さない姐様が、その日は珍しく屋敷に来たんじゃよ」


「あぁ…ようやく繋がってくる…のか…?」


「ワエは姐様に不埒者を成敗したことを自慢したんじゃ。

そうすると、母も姐様も見る見る顔が険しくなってな、『怒られる』と思ったのじゃが、姐様は少しだけ席を外し、この小刀を持ってきてくれたんじゃよ」


「それだけ!?」


「それだけとはなんじゃ、ワエには大切な思い出だぞ?」


「いや…まぁ…悪かった…」


「うむ、姐様は使い方も指南してくれてな。

これまた何処から持ってきたのか、触ったことのない質感の人形ひとがたを相手にそれはそれは見事な技を披露してくれたんじゃ」


滑り込むような姿勢からの切り上げや、湾曲した刃先を引っかけて切り裂く動作の型をレンは嬉しそうに再現して見せてくれた。

しかし、それはオレ、と言うか全ての男には恐怖の対象となるだろう…

何故なら型の全てが下段技なんだ…


寒気がするのは、きっと吹き抜けた風が冷たいからじゃない…



「どうした? 顔が青いぞ? 

そう言えば、あの時も屋敷の者たちが内股でお前さんと同じような顔をしておったわ、カカカ」


そらそうだろうよ…

以前も思ったけれど、ティスタニア…なんて凶器モノをなんて奴に渡したんだよ…


好奇心で訊いたのが間違いだった。

そんなことを考えた午後の一時だった…



血の気が引くオレに「悪い事をしなければ大丈夫」と、誰かが言った気がした。


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■こばなし


破琉刃はるぱーの元ネタはギリシャ神話に登場する『ハルパー』です。

刀剣に分類されるそうですが、湾刀を通り越して鎌のような刃先だそうです。


ヘルメスの武器として登場することが多いそうですが、一方で、巨神族の長クロノスが天空神ウラノスを去勢するときにも登場しています。


つまり、おわかりですよね?

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