ep5.末裔は過去に悶々とする

■後神暦 2649年 / 春の月 / 星の日 pm 07:00


――『ワスレナグサ』 浴場



料理勝負に勝利した後、オレが真っ先に取り掛かったのは道の整備だ。

と、言っても二人で、それも日々の仕事の合間の作業なので遅々として進まない。



「ふあぁぁぁ…5日かけても鳥居の先を少し整えれただけかぁ…

樹が生えすぎなんだよ、このままだと何年かかるんだ?」


力仕事で汗まみれの身体を洗い湯船に浸かって独り愚痴をこぼす。

それにしてもワスレナグサここの風呂は立派だ。

建物に見合わない広さの浴場が屋外にある。

ヨウキョウでも街中では珍しい”露天風呂”と言うスタイルの風呂らしい。



この解放感は良いよな。

まぁその分、掃除が大変だけど、客さえ来れば絶対人気になるぞ。


オレは客商売が好きだ。

聖女も教会や議会に属することなく、生涯を通して雑貨屋で働いていたらしい。

もしかしたら聖女も権力に利用されることを嫌ったり、やっかみを受けて嫌な思いをしたのかもしれない。



「ハハ、聖女を肯定的に考えるなんて……なんでかなぁ」


「ふむ、それは心にゆとりができたからじゃろ」


「あ~そうかも。街から離れて……ちょ!? なんでレンがいるんだ!?」


いつの間にかオレの隣に縁にもたれてくつろぐレンがいた。

ぎょっとして振り向き、一糸纏わぬ彼女の姿を見てしまい、即座に首が折れる勢いで反対側へ向き直る。



「なんでとは異なことを言う。 

此処はワエの家、ワエの風呂じゃ、何時入ろうと自由じゃろ?」


「だったらせめて隠してくれっ!!」


「ん…? お前さん、こんな起伏のない身体を見て欲情するのか?」


首から下を視界に入れないようにレンの方を向くと、不思議そうな顔でこちらを見ている。


そうじゃない!!

欲情するとか、しないとか、そんな話じゃないって解らないのか!?

長生きし過ぎて羞恥心が壊れたのか!?


慌てるオレを置き去りに得心がいったと言いたげなレンは続ける。



「あぁ~、分かったぞ。お前さん、アレか…”ろりこん”、と言うやつか」


「ロリ…なんて?」


「”ろりこん”、童女や幼女に欲情する者のことじゃ。

いかんぞ、姐様が言っておった『ロリコンは滅ぼさなければならない』、と。

黙っといてやるから、お前さんも姐様にはバレないようにしろ、いいな?」


「ちがーーうっ!!」


「カカカ、まぁワエは大人だし当てはまらんがの」


「だから違うっつってるだろーー!!」


全身全霊を以て否定した、オレにそんな性癖はない!!

どちらかと言えばグラマラスな方が好みだ、って何を考えているんだ…


後に聞いた話では、姐様…つまりティスタニアはレンが幼い頃に『もし、ロリコンに襲われそうになったらコレで股を斬りつけなさい』と短刀を渡して使い方を教えたらしい。


銘を「破琉刃はるぱー」、刃先が湾曲していて、形状は短刀より小型の鎌に近い。

それをどう使うかなんて、男のオレには聞かなくても分かる。

なんて恐ろしいモノを渡してるんだ…



 ~ ~ ~ ~ ~ ~



――同日 自室


「くそぅ…疲れを落とすはずの風呂で、どうしてこんなに疲れるんだよ…」


ぐったりとして自室で寝転がると、ヨウキョウ独特の床材の匂いがふわりと香る。

い草、と呼ばれる植物を編み作られた他国にはない珍しいモノだ。



「この匂いと感触、アルコヴァンでも流行るだろうな…」


また商売に結びつけて考えてしまう。

そうして思い出されるのはブラン商会に飛び込む前の幼少期の記憶。


当時、聖女の血筋のオレには教会からの勧誘や議会への誘いが絶えなかった。

中には怪しげな治癒院なんかから声がかかることもあった。

まだ、10歳そこそこのガキに対して、だ。



まぁ、オレの髪と瞳を見てすぐに掌返してたけどな…

あいつらにとって大切なのは『大衆に喧伝できる聖女の末裔』だったんだろうさ。

だから大人の世界はこんなもんだって思ってたっけ…



我ながら達観した…いや、ませたガキだったと思う。

でも、街にきたブラン商会の配達人のお陰で世界が変わった。

客と会話する楽しさを知って、商品の物語を知って、商売の奥深さを知った。

でも結局、聖女の血がやっかみを生んだ……



「くそ…モヤモヤするな…」


レンに心のゆとりができたと言ってもらえたのに実際はこのザマだ。


どこまで行っても『聖女』の名がついてくる。

もちろん、聖女を恨んでいるワケじゃない。


でも…


もしもオレが金髪碧眼だったら?

もしもオレが一般家庭に産まれていたら?


色んな”たられば”を考えてしまう。


そんなことをしても意味なんてない、分かっている。

それどころか、どんどんと深みにハマっていく、それも分かってる。


頭を掻きむしり唸っていると、引き戸の外からレンの声がした。



「おーい、開けてくれんか? 両手が塞がってて開けれんのじゃ」


彼女が部屋まできたのは始めてだ。

どんな用事かは知らないがタイミングが良い。

今は気分を変えたいオレは戸を開けた。



「いや~、すまんな。さて、呑むぞ!!」


「は?」


レンは両手に酒瓶を持ち、ヨウキョウのグラス、さかずきを小脇に抱えている。

唖然とするオレの横をするりと抜けて部屋に入り、酒を盃に注ぎ始めた。



酒の水面を見据えたオレに「取り合えず呑みな」と、誰かがそう言った気がした。

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