ep4.鬼のお宿の料理勝負

■後神暦 2649年 / 春の月 / 黄昏の日 pm 00:00


――『ワスレナグサ』 調理場


ぶちキレたレンと宿の経営方針を懸けての料理勝負。

オレたちは厨房で腕を組んで向かい合う。



「一品勝負じゃ、それで良いな?」


「あぁ、かまわない」


お互いに食材を切り始める。

客がこない宿ではあるが、不定期に行商は来るらしい。

お陰で調味料は街の一般家庭と大差ない。


この森の近くに貿易都市ツークがある、多分そこからの売りに来てるのだろう。

それにしても、こんなところまで来る物好きもよく居たものだ。



「レンは何作るのさ?」


「勝負相手に言うワケがないじゃろう? 何じゃ、今更怖気づいたか?」


「別に…いつも食事は別々だから気になっただけ」


食材は二人で協力して調達している。

宿の敷地内にある菜園とレンに教わった植物を森で採取するのがオレの仕事。


一方、レンはもっぱら狩り。

彼女は透明な足場のようなモノを創り出す魔法を使い、意味の分からない立体的な動きと、あの剛力で金棒を振り回し、獲物を仕留める。


今回の勝負に使う肉も彼女が昨日仕留めた猪肉だ。


オレの種族、魔人族は魔法の扱い全般に長けている。

しかし、聖女の血のせいで癒しの魔法しか使えないオレとしては戦う力は非常に羨ましい。



「まぁ、オレが攻撃魔法を使えたところで、たかが知れてるか…」


「何を言っておる? 肉に魔法でも撃つ気か?」


「いや、まさか。そんなことしたら狂人でしょ」


戦う為の力、子供のころは誰しも憧れたものだ、男なら尚更。

でもオレは早々に現実を突きつけられたっけな……いやいや、何を考えてる、今は料理勝負中だろ、余計なことを考えるな。


レンの狩り姿から思考が脱線してしまったが、気を取り直し、目の前の食材に向き合う。


猪肉の脂肪の多い部位を焼き、次に湯で煮る。

途中、米を少量入れて、また煮る。



「ほう、煮物か? そんな雑に煮て美味いモノができるのか?」


「別にー、レンは自分の料理に集中した方がいいんじゃない?」


これは下茹でだから良いんだよ。

取り出した肉を切り分けて、砂糖、醤油、酒、それに香草、と…


酒を調味料として使った時はレンが「あーっ!!」と声を上げたが構わず続けた。

オレの料理は曽祖父じいちゃんに教えて貰ったものだ。

何でも聖女が広めたなんて眉唾まゆつばな逸話もある肉料理、”角煮クァクーニ”。

これの良いところは下茹でが終われば、ほぼやることがないことだ。



「オレはほぼ終わりだけど、レンはどうかな~? 

あれ? あれれ? まだ切ってるの?」


「んぐ…五月蠅い!! それ以上煽るなら肉と一緒にお前さんを叩き切るぞ!?」


手持ち無沙汰になってレンにうざ絡みをしてみたが、本当に切られそうなのでもう止めよう。


それにしても、妙におっかなびっくりと包丁を握っているんだよなぁ。

今まで一人でこの宿に住んでいたなら、料理だって自分でやってたはずだけど…?


……

………

…………


――1時間後…



「うん…途中から分かってた…」


いや、正確には綺麗過ぎる調理場に入った時から薄々感じてはいた。

それが確信に変わったのは角煮を見てるオレの横から焦げた臭いがした時だ。



「それで…コレは…?」


「…しょ…生姜焼きじゃ…」


嘘吐け、炭だろ。もしくは暗黒儀式の成れの果て。

猪肉と生姜焼きを考案した人に謝れ。



「レン…今までどうやって飯食ってたの?」


「丸焼きにして…焦げた周りは削いで…ふぐっ…あぅ……うわぁぁぁぁん!!」


あー……泣いちゃった…

100歳オーバーのマジ泣き…見た目が幼い分、オレの脳内は大混乱だ。


だって仕方ないだろう?

レンの料理がここまで壊滅的だなんてオレは知らなかった。

そもそも、失敗して泣くほどなら、どうして料理勝負を受けたんだ?


正解が分からない、こんなとき、どうすれば良いかなんて知らないぞ。

じいちゃん、教えてくれよ…


考えに考えたオレは”猪肉だったモノ”にフォークを突き刺し、勢いよく口に放り込んだ。


――あぁ、イカれてるって自分でも分かってるさ。


じゃりじゃりとした歯ごたえの後に炭の豊かな香りが鼻孔を抜ける。

そして絶妙な苦みが舌を通して脳に伝わる。

…うん、これは炭の塊だ、シンプルに不味い。


しかし、オレの口からは思ったていたことと逆の言葉が出ていた。



「大丈夫、食える食える。ただ、苦みが強いから酒の肴くらいの量が丁度いいな」


何を言ってるんだオレは…


「ふぇ…?」


アルコヴァンオレの国には珈琲コーヒーって言って豆を強めにって、苦みを楽しむ飲み物もあるんだ。これくらいヨユーヨユー…」


本当に何を言ってるんだ…



オレ自身、完全にトチ狂ってると思った。

ただ、この狂気に満ちた行動はレンを泣き止ませるに足りたようだ。



「ぷ…はは…カカカ…っ! お前さん、それは狂っとるじゃろ…! 

ぐすっ…カカ…気遣いは伝わったぞ。感謝する、しかし無理はするな。

勝負は……ワエの敗けじゃな」


人差し指で目元を拭い、泣き笑いをする鬼の童女(容姿だけな)。

笑顔になって良かった、だからオレも笑顔で言葉を返す。



「うん。それは初めから勝ったと思ってた」


「なんじゃと!? 気遣いは取り消す! お前さんは気遣えない男じゃ!!」



何を間違ったのだろう、せっかく打ち解けた良い雰囲気がどうして?

しかし、料理勝負には勝った。

これからは経営方針にも積極的に口を出す、目指せ客が途絶えない宿!!



炭を見据えたオレに「****…」と、誰にか罵られた気がした。

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