16 報告
「祈祷師の先生、もうお祓いして帰ったって」
牧田くんへはわたしから連絡した。
「知る人ぞ知る高名な先生なんだって。でもね、本物ゆえに人前に出るのを嫌うとか、先生おっしゃってたなぁ」
さも、それらしい、けれども、まったく論理的につながっていない表現を並べておく。
もうあの場所にカミは出てこないはずだ。
それでも念の為、何かあったら連絡してねと伝えておく。
一〇日が経ち、牧田くんから、また研究室を訪ねたいという連絡があった。
彼のお父さんが再びお礼に行きたいのだという。
「なんや、俺でもわかるくらいに雰囲気違っとったわ。以前は、キシキシ異音でオトロシうわーみたいな感じやったけど、今じゃマイナスイオンで癒やしパワーや」
できれば、「祈祷師の先生」にもなんとかしてお礼ができないかと、牧田くんのお父さんはおっしゃっているらしい。
大変喜ばしいことだけれど、「祈祷師の先生」なんてのはいないので、困ってしまう。
「どうせ、祓い屋と兼業で偽祈祷師もやっているのだから、手慣れたものでしょう」
佐田さんは、斎文さんの祓い屋の師匠だけれど、カミが関係していない案件では適当なことをいってあしらってお金をもらっているという。
実際の怪異現象のときは無償で祓うという変な人だ。普通、逆じゃないのと思ったし、本人に聞いてみたこともある。
佐田さん曰く、「カミが関係していなくても人は物語を欲するもんなんだよ」なのだそうだ。佐田さんは、あまりことばを尽くして説明してくれるタイプではないけど、納得する物語を受け取り、その物語のエンディングを迎えることによって、人々は安らぎを得るということだとわたしは理解している。このあたりについては普段は
お金をもらって祈祷をするのは、安心という物語を納得してもらうための小道具ということらしい。
実際、佐田さんの演技はたいしたもので、当日、電話越しに流れる「本物の祈祷師の先生」の厳かなことばに牧田くんのお父さんは聞き入っていた。
牧田くんのお父さんは、お礼のお金を手渡しか、せめて振り込みできないかと言っていたが、「本物の祈祷師の先生」は頑として受け取らなかった。
たとえ、偽の祈祷師のふりをしているときであっても、本物の怪異ならば、そこで
金なんて取れるわけないだろうというのが本人が後に語ったことで、代わりに「出演料」として、「今度酒をもってこい」と斎文さんに言ったものだ。
お金に関しては、牧田くんのお父さんは分厚い封筒を斎文さんにも渡そうとしていたが、彼は彼で受け取らなかった。
文句ばかり言っているが、佐田さんと同じように祓い屋としてお金を受け取るつもりは一切ないらしい。
今回は愛車の修理代もかかったのだし、少しは貰えばいいのにとわたしなんかは思うのだけれど、口ははさまない。
ただ、お菓子大好きな彼は、お土産として持ってきていた高そうな焼き菓子については、やっぱり、にこにこして受け取っていた。
それは受け取るのかってツッコミをいれたくなったけれど、やっぱり、その場で口をはさんだりしない。
でも、これについては後でからかってやることを決めた。
そんなことを考えていると、なんだか自然と頬が緩んできてしまう。
◆◆◆
牧田くんのお父さんは忙しい人のようで、すぐに立ち去ったが、牧田くんは「同級生と積もる話もあるから」とその場に残った。
S大の附属出身で彼のように外部進学しない者は、当然そのままS大にあがる。だから、ここにはわたしたちの同級生はたくさんいる。
誰かと約束でもしているのかなと思っていたのだけど、声をかけられたのはわたしだった。
「志佐さん、ちょっと茶でもしばこうや」
「僕のほうでゼミ幹さんにお願いしたいことは、今のところありませんよ。ですから、行ってきてください」
斎文さんが微笑む。
わたしは最寄り駅まで一緒に歩く。
「このへんでケーキの美味しいところはね……」
行き先の相談をすると、彼はまったく関係ないことを聞いてきた。
「彼氏いうんは、やっぱ、あの人か?」
突然の問いかけに、わたしはびっくりする。
そんなそぶりは一切見せていないはずなのにどうしてだろう。
「えっ?」
としか答えられないわたしに向かって牧田くんが笑う。
「顔だよ、顔」
いや、斎文さんはそれはとてもかっこいいけれど、それではわたしがただの面食いみたいだ。
「そりゃ、彼はあのとおり美形で、おっかけがいるくらいだけどさ」
わたしは、自分が面食いではないことを主張しながら、わたしたちの付き合いについては、ごまかそうとする。
この前、告白されて断ったばかりの相手に対して、彼氏自慢しているみたいになるのは、どうもいやだ。
牧田くんは「ちゃうちゃうちゃう」と笑う。
「君の顔のことや」
そんなにデレデレしていたのだろうか。恥ずかしくなる。
「いや、志佐さん、あの人と話していて、笑うとき、とても、ええ笑顔してるんやで。トラック駆け抜けたあとの笑顔」
耳がさらに熱くなるけど、先程までの恥ずかしさとは、なにか少し理由が違うかもしれない。
「まぁ、あの顔見られたら、俺も本望や。君をあんな笑顔にさせられる人なんだから、俺じゃ百万回生まれ変わっても勝てんで」
彼がにっと笑う。
「俺は勝ち目のない戦いにリソースは突っ込まない派や。茶おごろう思ったけど、なしにしとこ」
「えぇー」
わたしは抗議の意味を込めて軽くブーイングしてやる。
「しゃあないなぁ。じゃあ、来年の春の合コンくんでもらうことと引き換えにおごろうやないか」
「ケーキセットに追加でパフェで手を打ちましょう」
わたしたちは喫茶店に向かう。
お店で作ってるクッキー、斎文さんが好きで行くと必ず買っていたな。
最近行ってないみたいだから、帰りにお土産として買っていこう。
イカイザンカイ弐 黒石廉 @kuroishiren
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