10 訪問
「やっぱり、ヨウコさんが、なにか埋めたんすよね……」
矢田さんは、暴走族の元総長らしくなく、うつむいて肩をすくめた。
「どうなんでしょう。そういうことがあれば、事件になるのではないでしょうか」
実際、警察は死体遺棄事件として捜査はしているのだろう。
それでも、
ここで、遺体が掘り出されたという話をしても、怪異をめぐる物語、斎文さんいうところのカミへの信仰が強固なものとなるだけだからだろう。
「自分でもありえないって思うんすよ。だって、霊とかいたら、無事じゃ済まなさそうな悪いやつ、いっぱいいるじゃないっすか。そいつら、ぴんぴんしてるんだから、霊とかタタリとか、まじありえねぇのに。それなのに、俺、ビビったんすよ」
「たしかにありえないって僕も思います。それでも、僕も怖い話とか調べていると、ごくまれになにかホンモノっぽいのが混じってるなって思うときもあるんですよ。難しいものですよね」
相手の話を無下に否定しないあたり、斎文さんは祓い屋の前に民俗学者なのだろうなと改めて思う。
ひとしきり話をしたあと、タイセイくんこと、
まだそこに住んでいるのかはわからないし、「ヨウコさん」もそこにいるかはわからないという。
わたしたちは神田さんと矢田さんにお礼を言ってから外に出る。
「先輩」のアパートは、ここから車で一〇分ほどのところのようだ。
「今日、訪ねてみます?」
わたしの問いかけに斎文さんはうなずく。
「カミの顕現の理由と由来はだいたいわかりましたね」
「ただ、人を怖がらせたり害したりするだけではなく、明らかに目的があるみたいですよね」
わたしの言葉に斎文さんは前を向いたまま、うなずく。
「母を呼んでいるのか。それとも……」
呼んでいるのだとしたら、どうしてだろう。
思慕の情か恨みか。
あるいはその両方が入り混じったものなのか。
ヨウコさんは、ヨウコさんでなにをしたかったのか。
自分の子供を忘れたかったのか、それとも忘れてほしくなかったのか。
どうして、山あいの普通の人が訪れないようなところに埋めたのか。
実際に会わないとわからない。
◆◆◆
「たぶん、あそこですね」
近くのコインパーキングに車を停めて、しばらく歩いたところで、斎文さんが立ち止まった。
二階建てのアパート、三つ並んだ薄水色のドアはどれもところどころ塗装がはげている。
ドアの横には洗濯機が並ぶ。
「二階の一番奥でしたよね」
わたしたちはサビで元の色がよくわからない階段を登る。
一番奥は洗濯機の上にゴミ袋が積まれていた。
チャイムを押す。
しばらくの沈黙。
もう一度押す。
ドアの向こうで気配がした。
「どちらさま?」
ドアから顔色の悪い女性があらわれる。
健康的とはいえない生活を送っているのだろう。
手足はむくんでいたし、目はどこか黄色く濁っているようだった。
ぼさぼさの髪。
タバコをもつ指先、爪には垢がたまっていた。
ひび割れた唇が少し尖る。
タバコの煙があたりにひろがった。
「S大学の布津と申します。バイクを愛好する若者の間に広がる怪談について調査研究をおこなっています」
斎文さんが名刺を差し出す。
彼の会釈に合わせて、わたしも頭を下げる。
斎文さんは自他ともに――そう自分でも――認める美男子なので、彼ににこやかに微笑みかけられるとたいていの女性は頬を赤らめる。
昨年の夏、先生の調査地を訪れたときなんかは九〇近いおばあちゃんが「うちのじいさんの若い頃に似ていてねぇ」と頬を赤らめていたくらいだ。
そういうわたしだって、いまだに彼に笑いかけられたり、見つめられたりするたびに頬が熱くなる。
それなのに、今目の前にいる女性は、斎文さんを胡散臭そうに見つめるだけだ。
その目はなんというかどんよりとしている。
「私も暇じゃないんだけど?」
ドアを閉めようとした女性に対し、斎文さんは静かに告げる。
「山の上の廃病院で、赤ん坊の遺体が発見されましたよ」
淡々と事実を告げることばに女性の手がとまる。
くわえタバコがぽとりと落ちた。
斎文さんは、拾ったタバコを差し出しながら続ける。
「少しだけ、お話聞かせていただくことはできないでしょうか」
女性は力なくうなずくと、あごで室内をしゃくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます