05 足元にすがるそれ
見積もりのときから、気味は悪かったんですわ。
まぁ、ボクらもこういう仕事だから、この手の廃墟の解体だって、それなりに場数は踏んでますわ。大抵は当たり前にバラしていくだけです。しばらく人が使っていなければ荒れるのは当然で、それを解体するたびに変なもんが出てきたら、ボクら、いくら命があっても足りませんって。
でもね、たまにやっぱり、いやぁな感じがすることってあるんですよ。そんなバカなと思いながらも、気がつくと鳥肌がたってたりね。
まぁ、ボクら、ゲン担ぎも大事にしてるから、ゾクッときたら、事前にお祓いとかしてもらうわけですわ。
それはもうやったんて言うんだけど、いかにもって雰囲気だったし、現場の士気にかかわるからねぇ、もう一回やってもらったんですよ。
依頼主の牧田さんが氏神様のとこに頼んでくれましてな、もう一回、お祓いってなったんです。
で、若い神主さんがな、来るなり、「ちょっと待ってください」、言うんですわ。何言うとるんじゃって顔見たら、真っ青でびっしり汗かいてんの。
やばい現場じゃんって、現場のボクらもその神主さんに負けず劣らず真っ青ですわ。
内心帰りたくて仕方がないけど、それでも、さすがにいい年した大人が怖いから帰りますなんて言えないでしょう、ねぇ。
そうこうしているうちに、よぼよぼの神主さんがやってきて、ハライタマエキヨメタマエやりはじめるんですわ。
でもね、じいさんのほうもね、ボクらがわかるぐらいに汗だくでね、ぷるぷる震えてるから、途中で倒れるんじゃないかと、これまた別の意味で怖くなりましたわ。
おっ、おにいさんたちもそんな経験あるの、そりゃ、あんなところのこと調べるくらいだもんなぁ。
おにいさんたち、流行りのなんたらチューバーやればいいのに、もったいないなぁ。
美男美女なんだから、もうファンがばんばんお金投げてくれますって。
ああ、ごめんごめん、話ぃそれちまいましたね。
続きが気になって仕方がないって?
おねえちゃんにそんな見つめられたら、ボク、ドキドキしてしまうわ。
じいさん神主が途中で倒れたりしてたら、ボクらもその場で解散してたけどな、一応、ちゃんと終わったんです。
だから、大丈夫、思ってたんやけどなぁ。
気味悪いということと除けば、解体するのは面倒ではないところなんですよ。
だってな、近所に人も住んどりませんでな、あいさつまわりもいらんですから。最近はちょっとがっしゃんがっしゃんやると、誰かが怒鳴り込んでくるとかばっかりじゃあないですか、それに比べたら楽なもんですわ。
まぁ、山の上だからなぁ、ユンボ運ぶのに多少苦労する程度で、あとはがっしゃんがっしゃんいきなりいけるはずだったんですよ。
そう、怖いんはここからですわ。
ユンボ運んだり、おろしたり、トイレ設置したりでけっこう時間かかりましてな。
初日はそれで帰って、翌日いったらよぉ……。
ユンボの上にぬいぐるみが置いてあるんだよ、うわっ、おねぇちゃん、なんで、それ知ってんの? そうそう、それ、そのキャラクター。
誰かのいたずらにしては、わけわかんねぇだろ。
だって、あそこ、車ないといけないしな。
泣きっ面に蜂だったのは、ユンボがどういうわけか、動かないんですわ。
それで、整備の人呼んで直してもらいましてね。
なんか、不良どもが悪さしてるんだったら、まぁ、わからせてやらないといけないじゃないですか。ボクらもまぁ、それなりのヤンチャしてたやつが揃ってますし。
で、若いのに寝袋渡しましてね、みはらせたんですよ。
怖いやろ?
おねぇちゃん、抱きついてくれてもええで?
いやな、こんなん言えるようになったのも今だからで、当時はションベンちびりまくりでしたわ。
朝起きたらねぇ、三人残しといた若いのが二人になってましてな、一人どうしたって聞くと、帰ったっていうんですよ。
歩きで、あそこから下までとか、ありえんでしょ?
そいつ、欠勤とかしたことなかったやつなのに、それっきりや。
なんで、帰らせた? って聞きますとね、青白いでかいカエルみたいなのが、足元にまとわりついてきたって言うんですよ。
嘘じゃないです、俺たちも見たんですってな、残ったやつらもいうからなぁ。
とりあえず、まぁ、作業にならねぇから、牧田さんとこに電話して、神主、もう一度夜に寄越してくれっていうことになったんですわ。
ほんと、ありえん話でしょ? それが通ってしまうってのは、牧田さんもわかってたわけよ。ひどい話ですわ。いや、まぁ、事前に変な話されたって、笑って気にもとめてなかったでしょうから、ひどい言うのもひどい話だけれどなぁ。でも、やっぱ、ひどいわ。
まぁ、そんで、今度は最初からじいさん神主が来てな、深夜にかがり火みたいなの炊いてな、もう一回お祓いしようとするんやけど、じいさんの足元にな、青いカエルが何匹も寄ってくるんです。
じいさんは気がついていないけど、ボクらは怖くて怖くてな、あわてて車んなかに戻って、エンジンふかそうとしたんやけど、どういうわけか、エンジンがかからん。
カエルに気がついたじいさん、その場で当然倒れたんですわ。
すると、カエルがずりずりと寄ってくるんですよ。
なんか、ぬらぬらしていてな、よくわからんかったんやけど、窓枠に張り付いたところでわかったんです。
ああ、これ、子どもやって。
頭が妙に潰れた赤ん坊がはいはいしながら、ぺたりぺたりと窓にはりついてなぁ、声なんか聞こえないはずなのにキャッキャいう声が聞こえるんです。
ボク、今でもおぼえてるわ、何度も何度もエンジンボタン押してな、全然反応しない中、おぎゃおぎゃって赤子の泣き声と吐息が耳元でずっとするんです。
バックミラーにはなにも映っていないのにな、べたっとした小さな指が僕の耳たぶつかんでな。
反射的に振り返ったら、僕の肩に頭が潰れてカエルみたいになった子がな、すがってんです。
それきりや。
気、失って、気がついたら、朝。
外で気絶してた神主のじいさんも、若いのも、みんな、同じもの見てたらしくてね。
その場で、ボクらも、神主のじいさんも牧田さんに断りの電話入れましたって。
まぁ、わかってたんでしょうな、手付の金を返せとか言われませんでしたよ。
ただな、あんなのが出るんや、あそこの病院、絶対、すんごい人が死んでるにちがいないですわ。
でな、信じてほしいんですけど、ボクら、ネットに書き込んだりしてませんで。
今日だって、牧田さんから、お願いされてなかったら、君らにも話さんて。
◆◆◆
解体業の親方さんが話してくれたのは、ネットで伝わる「欠診療所」の原型的な話だった。
原型的といったのは、細部というか怪異以外はまったく異なるものがネット上には伝承されていたからだ。
「実際にネット上にもあの診療所の話として見つけることができるのですが、登場人物が怪異以外はまったく違うんですよ、どう思いますか」
別の日に、わたしは
ネットの海を漂うことをおぼえた怪異は、瞬時にして様々な人のところに届く。受け取った人々の恐怖――いわば、
わたしは以前、この力をカミの物語を書き換え、弱めるために使ったことがあったし、ナルカミと呼ばれる怪異を自分のために用いる一派の中には、もっと直接的にカミを顕現させようとした青年もいた。
ただ、話の広まり方からして、そのナルカミの青年は関わっていなさそうだった。彼が関わっていたら、もっと不気味であるだろうし、彼は自分が関わっているという署名のようなものを残したがるのだ。今回は、その署名がそもそもない。
「ウワサ話が広まってカミの糧となったというよりも、すでに顕現している同じカミに遭遇しているといったほうが説明としてはすっきりするでしょうね」
斎文さんは、こめかみをおさえながら、考えている。
「どうして赤子がそこに現れるようになったのか、探してみないといけません。となると、インターネットにあがるまえの伝承が欲しくなります」
フィールドワークが必要ですね。
「あそこらへんは、不良のたまり場だったんですよね。その手の現地調査は内外で実際におこなわれているんですよ」
そういうと、斎文さんは書斎から本をもってくる。
こういうことを調査している人も実際にいるのか。
わたしは、少し楽しくなってしまう。
◆◆◆
面白そうとは思ったのだけれど、いきなり、聞き取り調査なんてのはできない。
聞き取り調査をすること自体、話を広め、カミを強化することにつながりかねないというのが理由の一つ。でも、これよりももっと、根本的な問題がある。聞き取り調査というのは、相手にある程度信用されていないとできないものなのだ。
業者の人にインタビューできたのは牧田家の紹介があったからだ。
紹介もなしに訪ねていっても、けんもほろろに追い返されておしまいだろう。
わたしが聞かれる側だとしてもそうする。
突然、「祓い屋とかやってるんですか、詳しくお話聞かせてくださいませんか」とか言われても無視するに違いない。通報くらいしちゃうかもしれない。
斎文さんが貸してくれた本でも著者はずっと一緒にバイクで同行しつづけ、ようやく話を聞き始めているのだ。
借りた本を研究室に返しにいったとき、そのようなことをつらつらと述べてみると、先生はコーヒーの湯気の向こうで「そのとおりです」と微笑んだ。
「ただ、今回はそこまで時間をかけられません。だから、今、伝手をたどっているところです」
先生はそう続けると、チョコレートを口にした。形の良い唇が少しだけ開き、チョコレートを愛おしそうに包む。
この人は甘いものを食べているときに、驚くくらいに嬉しそうな顔をしていて、そこが可愛い。
最初の頃は、恥ずかしくて見つめられなかった顔も今はこうして見ていられるんだな。
ふと、こんなことを考えたとたんに、わたしの頬は熱くなる。
「暑いですか? それとも、僕に見惚れてしまいましたか?」
斎文さんは、平気でこういうことを言うから意地悪だ。
でも、いつものように見惚れてましたと返すと顔を赤らめるからので、やっぱり可愛らしい。
「あれ? だったら、どうして本を貸してくださったんですか?」
「だって、勉強になりますしね。それに面白いでしょう、あれ」
斎文さんは布津先生になって笑う。可愛くて意地悪な人。
「それに、あなたも今年は卒論ですからね。どんどん文献を読んでもらわないと」
もちろん鬼でもある。
先生の「伝手」は別の大学の先生のようだった。
「あなたに卒論用とか言わせたら、楽だったんでしょうけど、そんなこと言わせたら、あなたの可能性を狭めてしまいますしね」
そういった後に、「でもね」と片目をつぶって、こちらを見て先生は続けたものだ。
「面白い方だから、あなたが院生になって、学会とかに出るようになったら紹介してあげますよ」
どうも格好がアメリカの強面バイカーみたいな先生で、黒い革ジャンを着てハーレーで通勤しているらしい。
「だからね、たくさん、試験勉強もしっかりしないといけませんよ。特に語学で足切りとか食らわないようにね」
そう言って、先生はアメリカ民俗学会の学会誌の古めの論文のコピーをデスクから取り出す。
やはり、鬼である。わたしのテーマに関係ありそうな文献を積極的に教えてくれるのは、ものすごい優しいのだろうけれど、それでも鬼と言いたくなってしまうのだ。
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