03 相談

 「俺の実家が病院やってのは知ってるやろ?」

 牧田くんは再びエセ関西弁に戻っていた。

 知ってるもなにも、うちの高校では有名な話だった。

 有名にならないはずがない。

 開業医の息子である彼は医学部に受かりながらも、進学しなかったからである。

 国立前期だけ希望のところを受けさせてもらって、それ以外はすべて医学部というありえない受験校の組み合わせは、牧田くんとご両親の希望の折衷案の代物だったという。

 前期試験で失敗したら、受かった私大医学部に進学する。そのかわり、前期は好きなところを受けさせてほしいし、そこに受かったら自分の進路は自分で決めさせてほしい。

 そういう取り決めで彼は見事、第一志望校に受かり、他の受験生から羨望と嫉妬の眼差しをうけながら、すでに合格をもらっていた医学部を蹴った。


 「あのときは、みんな本気だったんだって驚いたよねぇ」

 共通テストの結果が出て、出願する頃には、自由登校で彼は登校していなかった。彼ならば自分の意思を通すだろうと思っていたわたしは少数派だった。多数派は、牧田くんは国立も医学部に出願するだろうし、どのような結果であれ最終的には医学部に進学するだろうと思っていたらしい。

 「親の職業を子が継ぐ必要はないと俺は思っとるし、そもそも優秀な弟が継ぎたいって言うてるしな」

 「なんていうか、かっこいいよね、牧田くん」

 「さっき、俺をふった人がそれ言わんといて、涙ちょちょぎれちゃうやんけ」

 苦笑する牧田くんにわたしは「ごめんなさい」と謝る。


 実は合コンでわたしだけは彼氏持ちだということを謝ったときに牧田くんに想いを告げられたのだ。

 わたしが断る前に牧田くんは同級生に叩かれながらも続けた。

 「ワンチャン、少しでも脈があれば、俺はあきらめない。でも、まったくなければ、俺は次の恋に進む! だから、昔のよしみで介錯してくれや!」


 だから(?)、わたしは彼の告白にしっかりはっきりきっぱりとお断りをしたのだ。

 告白されて断るのは、初めてではない。斎文さん以前にもわたしのことを好いてくれ、その気持を告げてくる人は何人かいた。断ったあとに、気まずくなるのはしんどい。ありがたいことに牧田くんは、いいやつなので、気まずくなったりはしないだろう。それでも、何か少ししんどかった。

 断られる方はもっとしんどいだろう。

 それなのに、笑っている牧田くんは強いし、かっこういいと思う。これは本心だ。進学の件にしても、やっぱり彼はかっこいい。でも、恋愛感情はない。

 「いいんや。まぁ、すっきりして次の恋に行きたいと思ってな。ふった相手に相談されて、ついてくる志佐さんは気をつけな、あかんで」

 わたしはアカンベェと舌を出してから笑う。

 「ありがと。でも、牧田くんはそんな人じゃないってわかってるから」

 

 牧田くんは鼻の頭をかきながら、「ほな、本題に戻らんと」とつぶやく。

 「うちは――まぁ、俺みたいな、はみだしもんもおるけれどな――医業が家業という家で先祖代々医者ばかりなわけや」

 牧田くんのおじいさんは医業だけではなく経営にも一家言あったらしく、「本院」とは別のところにも診療所を作ろうとしたことがあったらしい。

 「ただな、医者としての腕はともかく経営者としては、そこまででもなかったみたいでな、すぐつぶれてしもうたんや」

 「病院ってつぶれるんだ?」

 「ああ、つぶれる、つぶれる。ほら、この近所にも病院ばっかりのビルとかあるやろ? あんな感じで都市部は医師過剰、一方、医師が少ないところは過疎化まっしぐら。都会は過剰競争、過疎地域はそもそも人がおらんくて、どっちもいつまで続けられるかわからない。そのうえ、電子カルテシステムやら新しい診療機材やらで出ていく額は高くなる一方や。だから、最近は病院だって夜逃げすることもあるらしいで」

 なかなか大変な世の中らしい。

 ただ、牧田くんのおじいさんはそういう昨今の状況とは関係なく、本当に需要を見誤ったらしい。

 半年ももたずに閉めることになったのだという。

 「間違っていたときの引き際のよさというか、決断力だけは、なかなかのもんやけどな」

 その「診療所」は廃業したものの、跡地を別に活用するという予定もなかったので、建物はそのままにしておいたらしい。そうしたら、いつのまにか暴走族の集会場みたくなってしまったという。放っておけば、すぐに飽きるだろうという判断間違いを認めざるをえなくなるくらいの時間を経た後、敷地を施錠したのだそうだ。施錠されてしまったことを知ったせいか、暴走族は消え、それで一安心火かと思いきや……。

 「最近の廃墟ブームとかで話題になってしまってん」

 廃墟となった診療所はたしかに肝試しにはうってつけの題材である。

 またたくまに根も葉もない怪談ができあがったのだという。

 「だいたいな、入院患者も診られないような小さな診療所で、なおかつ半年で廃業や。誰もそこで死んだりしてへんのに」

 そこが病院というものの持つ一種の呪力めいたものなのかもしれない。

 わたしは自分の研究テーマにひきつけて考えてしまう。

 病院というのは、実は案外怪談の舞台にはなりにくい。

 入院病棟を持っているところならば、人は日常的に亡くなっているはずだ。

 それにもかかわらず、いや、それだからこそかもしれない。死は日常であるがゆえに病院は怪異を封印する。

 封印が解けるのは、きまって病院が機能しなくなったあとだ。

 人の死という怪異と結びつきやすい現象を日常の事象として抑え込んでいた病院のが消えると、そこに怪異は姿をあらわす。

 だから、廃病院におかしなウワサが流れるのは、ある意味当たり前なのかもしれない。


 ただ、おかしいのは、そこからである。

 幽霊病院のウワサに辟易したおじいさんは、とうとう診療所跡地を取り壊す決断をした。

 それが依頼した業者のほうからのキャンセルが相次いだ。

 二回連続で異なる業者に口を濁されたおじいさんは、三回目に断りを入れてきた業者に対しては徹底的に食い下がったらしい。

 「業者は心底嫌そうな顔でぽつりぽつりと話しはじめたんやって」

 取り壊そうとすると、「出る」というのだ。

 重機は動かなくなる。作業員は体調不良になる。挙句の果てに社長の枕元で赤ん坊くらいの小さな影がうごめき、変な声が聞こえてくるのだとか。それでお祓いをしてもらうことにしたが、それもうまくいかず……。

 (カミがどこかで生まれたんだ)

 わたしの頭は研究者志望から祓い屋見習いに切り替わる。

 これは調べないといけないし、師匠トキフミさんに報告して判断を仰ぐ必要がある。

 

 「わたしの指導教員の先生もそういうの詳しいから、ちょっと聞いてみようか」

 わたしは斎文さんにビデオ通話をかけてみる。

 少し呼び出し音がなってから、斎文さんの顔がうつる。

 お風呂上がりだったのか、少し上気した顔で片手に缶ビールを持っていた。

 「布津先生、夜分遅くにすみません。ゼミでご指導いただいている志佐です」

 わたしの他人行儀な挨拶で状況を察した斎文さんは、学校用の口調でこちらに挨拶を返してくる。

 「こちら、高校の部活の同期でH大で情報工学をやってる牧田くんです。春休みで久しぶりに会って先程まで昔話に花を咲かせていました」

 牧田くんと斎文さんがお互いに簡単な自己紹介を兼ねた挨拶を交わしたところで、わたしは話を続ける。

 「牧田くんの実家は病院をやっていて……」

 横を見てうなずく。

 牧田くんが標準語で説明をはじめた。

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