02 合コン

 斎文トキフミさんは教員として厳しく、恋人としてはものすごく甘かった。

 祓い屋としては、祭文や呪符、刀の使い方を教わったりしたが、こちらは厳しくもなく甘くもなくといったところだ。

 幸いなことに祓い屋としての彼の姿を見るような機会はないまま、わたしたちは春休みを迎えることができた。恐ろしさでわたしの心臓が締め上げられるようなことはなかったけれど、恋人たちのイベント的なものは、どれもこれもわたしの心臓の鼓動をはやまらせ、ついでに相談に乗ってくれたエリちゃんにきゃーきゃーという声をあげさせた。

 ゼミはいたって平和で平木さんの内定は取り消しにならなかったし、川上さんも無事に博士前期課程マスターコースに進学することになった。

 もちろん後期レポートは鬼仕様で大変だったけど、わたしたちも無事、進級が決まった。

 いろいろなイベントをこなしたあとの春休みの残りは短い。


 ◆◆◆


 「友だちは大切にするべきですし、聞けば、彼はあなたのことを何度も助けてるし、結果として僕も助けられている。彼がいなければ、僕はこうして、あなたの赤らむ可愛らしい頬をなでることもできなかった。となれば、彼はキューピッドみたいなものでしょう」

 斎文さんがわたしを見つめる。

 「僕は嫉妬深い男ですけれどね、でも、うぬぼれやでもあります。あなたの目に映る男が僕しかいないことぐらいわかっているから、平気ですよ」

 耳たぶが熱くなる。

 「ほら、こんなに赤くなって」

 「赤くなんかなっていません」

 わたしの精一杯の強がりのことばを、彼は口づけで塞ぐ。


 ◆◆◆


 高校の時の同級生、牧田くんに合コンのセッティングを頼まれていた。

 彼には借りがあったし、借りがなかったとしても彼の頼みなら断らないだろう。とてもいいやつなのだ、牧田くんは。

 というわけで在阪の彼が戻ってくる春休み、約束を果たすことにしたのだけれど、そもそもわたしは合コンに行ったことがない。

 それでゼミの女子に相談することにした。

 エリちゃんとは元から仲良しだったけど、ゼミの先輩である川上多喜子さんとも、この一年でずいぶんと仲良くなれた。

 今では、わたしたちは、この頼れるお姉さんをタキちゃんと呼んで、慕っている。

 ただ、合コンに関しては、頼れるお姉さんとあざとかわいい女の子、二人とも合コン経験がない。なんだかんだといって、わたしたちは、あまりきらびやかな学生生活を送ってはいない。

 それでもお姉さんは楽観的だった。

 「難しく考えないで、男女同数でご飯食べに行くぐらいでいいでしょ」

 というわけで、女子の出席者はタキちゃんと金井さんという子、それにわたしだ。

 エリちゃんにも来てほしかったけれど、「三人中、二人が彼氏持ちは、さすがに相手に悪すぎじゃない?」ということで、こうなった。

 金井さんはエリちゃんのサークルの後輩で、文学部哲学科の一年生だ。

 「可愛くて、性格が良くて、頭が良い」

 というのは、推薦者のエリちゃんの言だ。

 「だから、相手が遊び半分で手を出そうとしていたら、追っ払うように」

 推薦者は先輩というよりも保護者的に後輩のことをみているようだ。

 院試も無事終わって晴れ晴れとしているタキちゃんは「ふみのガード役兼王子様探し」といって、参加を快諾してくれた。

 ただ一つだけ、条件があって、それは院試での愚痴を聞くというものだ。


 「本当に大変だったのよ」

 タキちゃんは、よく行く喫茶店のテーブルでパフェスプーンをかかげる。

 「扉、開けたら、真ん中に着物姿のバーリーが座っていてさ」

 比較民俗学のバーリー先生は、イギリス生まれ……というのは嘘で日本生まれ日本育ちで髪はブリーチ、目はカラコンだというウワサを持つ人だ。

 カレーの作り方で単位がくるとウワサの阿弥陀如来田中先生といい、うちの先生たちは、どうしてこうも都市伝説持ちが多いのかな。

 「右を向いては八っつぁんが阿弥陀如来に話しかけ、左を向いてはご隠居がサイモンに問いかけるんだよ。どんな高座だよとか思ってたら、いきなり質問が飛んできて、頭が真っ白になって……」

 パフェスプーンを噺家の扇子のようにもちながら、タキちゃんはバーリー先生の真似をする。

 金井さんが吹き出す。

 「人類文化学科じんぶんの先生って、そんな個性的なんですか?」

 「確かに変な人多いかも……でも、うちのゼミは……」

 わたしのことばをエリちゃんが引き継ぐ。

 「うちのゼミは執事喫茶って呼ばれてるし」

 ああ、そうだった。うちのゼミにあだ名があるのだ。

 まぁ、斎文さんは確かに執事っぽいし、お菓子とコーヒーを毎回のように出してくれる。ただ、この執事喫茶ではお菓子とコーヒーだけでなく課題文献も毎回のように出されるので、口の悪い平木さんなんかは斎文さんのことを地獄の執事ヘルバトラーとか――最初のうちはこっそり、「執事」にばれてからは堂々と――呼んでいた。

 「そういえばねぇ、我らが地獄の執事様はねぇ」

 タキちゃんがにこにこしながら、話し出す。

 この前の謝恩会では、他のゼミの先輩たちが「おかえりなさい、お嬢様」と言ってくださいと頼んだのだそうだ。

 「それも、平木くんが悪ノリするからさ」

 謝恩会ではゼミごとに教員にプレゼントを渡すのだが、うちのゼミは執事が着るようなウェストコートを贈ったのだそうだ。

 平木さんのせいにしているけれど、タキちゃんも絶対にノリノリだったに違いない。

 ノリノリだったのは、先輩たちだけではない。

 准教授の細田先生もそこに乗ったのだそうだ。

 カリブ海の宗教が専門の細田先生は、細身のきれいな人だけど、夏休みに調査から返ってくると高確率でドレッドヘアになっている。

 彼女のゼミは院生含めてドレッド率が異様に高くて、なんというか迫力がある。おとなしめの感じの学生が多い人類文化学科で異彩を放つ一団である。

 この迫力のある一団を率いる細田先生は斎文さんの大学院での一年先輩で、どうも昔から頭があがらないらしい。

 で、結局、「おかえりなさい、お嬢様方」となったらしい。

 「まぁ、サイモン、もともと、妙なところでノリがいいしね、ニコニコしながら執事やってたのよ」

 教育実習先で斎文さんを被写体に撮影会を開いたことのあるタキちゃんは笑う。

 わたしの彼氏を、と思わなきゃいけないのかもしれないけれど、わたしは斎文さんのこういうところが好きだ。

 彼にはいつも笑っていてほしいし、笑顔の彼が好きなのだ。


 事前の打ち合わせという名目での集まりだったけれど、ほとんど合コンの話はできなかった。

 でも、金井さんもリラックスしてくれたし、これくらいでいいかもしれない。


 ◆◆◆


 待ち合わせ場所では牧田くんが手を振っていた。

 実際に会うのは久しぶりの旧友とハイタッチする。

 「何から何までまかせちゃってごめんな、志佐さん。ほんまに恩にきるで」

 横にいた友だち二人から、同時に「エセ関西弁やめろ」というツッコミがはいる。

 あれ、エセでも関西弁に慣れようとしている姿勢が評価されるんじゃなかったっけ?

 わたしの疑問に牧田くんは笑いながら、二人を紹介してくれる。

 「同じ学科の玉井と井上。こいつら、二人ともこっちの出身なんだ。まぁ、あいつらも向こうではエセ関西弁なんやけどな。故郷の鉛玉なつかしやっけ?」

 「鉛玉なつかしがってどうするんだよ。お前は武闘派ヤクザかよ」

 玉井くんと紹介されたほうがツッコミをいれる。

 「故郷でぬめりなつかしだろ。牧田は緊張すると汗かいてべたべたになるからな。今も美人に囲まれて緊張してるに違いない」

 井上くんのほうはボケ担当、牧田くんもボケでダブルボケ、一人ツッコミという体制らしい。

 「すごいね、お笑いやってるねとか言ったら、ステレオタイプって言われちゃうかしら」

 タキちゃんが話に加わる。

 なんだか話しやすそうな人たちで良かった。お店に行く前から、話ができるんだもの。だったら、レストランに行っても変な空気にならないよね。

 「じゃあ、レストラン予約してあるから、行こうか」

 

 ◆◆◆


 合コンはかなり盛り上がった。

 男性陣三名は漫才っぽく場を盛り上げるだけでなく、真面目なところもあった。

 「あれだけ話し上手で感じもいいのに、彼女いないって理系学部は大変だよねぇ」

 タキちゃんは井上くんと漫画の話で盛り上がっていたし、金井さんも玉井くんとゲームの話で盛り上がっていた。

 わたしはわたしで牧田くんと昔話に興じたりしていて、なかなか楽しかったし、他の二人の話も面白かった。

 実は少しだけ気まずい場面もあったが、それでも、盛り上がりすぎて、みんなでSNSの連絡先等を交換するだけでなく、グループまで新たに作ってしまったくらいだ。


 「がつがつしていないで、結構ええ奴らやろ? アホやけどな」

 帰り道の電車で二人になった時に牧田くんが笑う。

 わたしたちは方向が一緒だった。

 「そういえばな、ちょっと志佐さんに相談があってな」

 牧田くんは一転して真面目な顔になると、こう続けた。

 「あのさ、志佐さん、怖いウワサとか実話怪談みたいなのに詳しいんやろ。うちの実家がな、なんか、そういう話に巻き込まれちゃっててな、どうしたら、ええんやろって考えててな……」

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