第5話
どうして?
二次創作は本来、著作権の関係であまりいいものとは言えないらしい。ものによっては公式が直々に声明を出したりするくらいだ。
その一方で、ファンアートを含めて二次創作が嬉しいと考える作家さんも少なくない。
私の場合は。
「え、どうして?」
困惑していた。
二次創作は主として商業化された作品に対して行われるものだと思う。私はプロでもなければ本を出したこともなければ、才能もなければ、ファボだってない。……今はファボ、あるか。
とにかく、このようなアマチュアである私一個人が書いた小説を二次創作するなんて普通は考えられない。
sumika._.さんのことがわからない。むしろ、怖さまで感じる。
私はsumika._.さんの小説のページを開いた。文字数はそう多くなく、2000字の一話完結だった。のだけれど。
キャプション――あらすじがない。
「ええ……?」
開いてみないとわからない小説をわざわざ見る人は少ない。キャプションを丁寧に作ることも読んでもらうためには大切なのだと、創作論に書いていた。私も読み手側になったとき、まずはキャプション読むので強くそう思う。
つまり、この小説は不特定多数の人に読んでもらいたい作品というわけではなく、私のようなある特定の人に読んでもらえれば――あるいは、自分さえよければそれでよい作品ということになる。
「え、これ読んでもいいの……かな」
通知を確認したときよりも時間をかけて考える。なんだか、これは見てはいけないもののような気がする。
「……いや。大丈夫」
sumika._.さんは私の拙い小説にハートをくれた心優しい人物だ。きっとこの小説だって、私の小説が良くて書いたに違いない。
「う、うおお」
私はさっきみたいに自分でもよくわからない声を出して、小説を開いた。そして、冒頭からじっくりと読んでいく。
「……」
「…………」
私は小説の末尾を読んで、特に反応もせずスマホの電源を落とした。私の体の電源も落ちたみたいに、全身の力が抜けていく。
これはもはや、ある種のアンチだ。
私も小説をよく読むから、客観的に見て自分の書いたものと比較することくらいならできる。
春休みを全て注ぎ込んだ思い入れのある作品とはいえ、私のそれと比べるとsumika._.さんの二次創作は完璧すぎると言わざるをえないくらい、ものすごい完成度だった。
地の文やセリフからそれとなく描写される情景や心情。
私が作ったキャラクターなのにまるで全てを知っているかのような解像度と、その言葉選び。
物語全体のおさまり。
そしてなにより、恋のみずみずしさの描写が、とても綺麗だ。
この小説はまさしく、私が目指す小説の理想の形そのもので。私には書けない、私の小説をはるかに越えたクオリティで。
「す、すごい」
私は声が勝手に漏れた。
まさしく私が感動した、想像させる力――小説の力そのものがこの小説から痛いほど感じられた。
このsumika._.さんが作者で、私が二次創作をしていると言われても、みんなが信じてしまうくらい。
「はは……」
私は乾いた笑いが出た。代わりに目は、うるんでいく。
「やっぱり、無理だったんだ」
「恋をしたことない私が、恋愛小説を書くなんて」
私はまくらを抱きしめる。生ぬるい涙がまくらにしみを作っていった。
「私には、できないんだ」
いつぶりだろう。私は声をあげて泣いた。たくさん泣いて、体じゅうの水分が全部目から出たんじゃないかってくらい、泣いた。一瞬だけなぜか、戸部さんの顔が浮かんだ。
「はあ、おなかすいた」
四時間目の数学も終わって、ようやく昼休みとなった。がやがやと教室内が喧騒で満たされていく。
このクラス全員の顔を同時に見ることができるのも、残りわずかだと思うと、この騒がしさもなんだか愛おしく感じる。
「あっ」
私はノートに今の切なさをメモしておこうとしたところで、手を止めた。
「……」
あれから私は、小説を書いていない。というより、書けなかった。
sumika._.さんのことはもちろんよく知らない。けれど、あんな小説を書くことができるのはどう考えたっていっぱい恋愛を経験していて、それをたくさん文章にしてきた人だ。
そんな人がわざわざ私の小説の二次創作を書いて、完全上位互換を作り上げたという事実だけで当分は立ち直れそうにない。筆を折った、というより折られた、いや、木っ端微塵にされた気分だ。
「はあ〜〜……」
「今日は溜息が多いね、のぞみん」
「あ、はるちゃん」
見上げると、そこにははるちゃんがお弁当を持って、私の前の席の向きを変えていた。私は背中を伸ばす。
はるちゃんは「なんかあった?」と頬杖をつきながら私に尋ねた。
「べつにー」
「へー。あ、わかった。進路のことでしょ」
「あー、部分的にそう」
作家になるという点では確かに、進路のことだといえる。はるちゃんは長い髪を揺らして「やっぱり?」と得意げに鼻を鳴らした。
「はるちゃんは進路どうするの?」
「わたしは普通に国立目指すよ」
「わお、相変わらずすごいね」
「まあね〜」
はるちゃんは謙遜もせずに、それがさもあたりまえかのように言ってのけた。
碧嵐高校は県内で一番の進学校だ。国立大学はもちろん、言わずとしれた名門大学にも合格者が出る、公立高校にしてはすごい高校なのだ。なお、私はクラスで最下位争いをしている。
「うん、おいしー!」
はるちゃんは美味しそうにお弁当のおかずを頬張るから、私の頬が緩んだ。はるちゃんはごはんを美味しそうに食べるところも魅力だ。
はるちゃんは中学校から同じでずっと仲が良くて、そのころから地元の国立大学を目指していた。中学校のときも評定平均が高くて、テストの順位も常に3位以内をキープしていた秀才だ。それは今の高校でも変わらない。すごい。
これだけすごいので、「畑山遥」という名前を学年で知らない人はいなかった。
きっとこの高校を目指した理由も、学区内で一番優秀な高校だったからだと思う。
私はそんな優等生なはるちゃんに支えられながらなんとかここに入学した身だった。
「で、のぞみはそろそろ最下位争いから抜け出しなよ」
「ほんとだよね……」
「それで、進路の悩みってなに? 勉強ならわたしが手伝うけど?」
私はそう言われてぎくりとした。
私は作家になるという夢を、ましてや小説を書いていることを、中学からの仲のはるちゃんに打ち明けていない。
なんとなく気恥ずかしい、という理由ではるちゃんにすら打ち明けることができてすらいなかった。それこそ戸部さんに見つかったのが初めてだ。
「いや、勉強っていうかさ、その、ねえ?」
「ねえ? ってなに? もしかして専門行くとか?」
はるちゃんはごはんを口に運びながら私に聞く。
「うー、なんていうか、えーっと、まあ」
私は言い淀むと、はるちゃんは訝しげに眉をひそめた。
「釈然としないな――っておお?」
「ん?」
はるちゃんはそこで区切って、黒板横の扉を見る。私もその方向へと視線を移した。
「見た? 今のあのボブカットの子! 噂の新入生だ」
「うわさの?」
私はボブカットの子を見つけることはできなかった。どうやら、その噂の新入生という子を見逃したらしい。
「そう。なんでも、この高校始まって以来初の満点合格者らしい」
「すご!?」
「だろ? しかも顔がいいんだよなー。才色兼備ってやつだよ」
「へえ〜。顔も、か」
神様は二物を与えるものなのですね。
私は文章の才能も、顔も恵まれなかったっていうのに。
「うっ」
私は昨日あれだけ泣いたのに、また涙が出てきそうになった。
それにしてもどんな子なんだろう? 私は気になって、後ろの扉を凝視した。
私の双眸が、その噂の新入生を捉える。
「え?」
私は扉の窓越しに、戸部さんと目が合った。
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