第4話

「もちろん! 約束、だね」


 私は今朝の出来事を思い出す。

 今朝戸部さんとした約束。書き上げた小説を見せるという約束を快諾した私は、家のベッドでくつろぎながらYをぼーっと眺めていた。


 もちろん! なんて言わなきゃよかった……。


 私はスマホを枕の横に投げる。

 戸部さんは小説をあまり読まないらしい。とはいえ、創作活動、しかも恋愛に触れることが好きな戸部さんは、それらに対してかなり目が肥えているはずだ。

 他方で、私が見せることができるのは紛れもなくファボ0の、いわゆる面白くない恋愛小説。


 しかも家を出てすぐの曲がり角で私達はぶつかったから、家も近い。出会う確率は相当に高そう。


「うっ……」


 戸部さんに私の小説を見せるということは、逃れられない未来だ。そんな不甲斐ないものを戸部さんに見せて、真顔で「恋愛を舐めないでください」とか言われたりしないだろうか。


「はっっ!!」


 そんなことより通知見なくちゃ!


 私は早速小説投稿アプリを開く。

 碧嵐高校は校則が若干厳しくて、学校内はスマホの電源を切らないといけないことになっている。万が一それが見つかると反省文を書かされ、親に連絡が行くとのこと。

 私はそれを破る理由もないので律儀に守っている。文を書くのは好きなのだけれど、あくまでそれは小説に限った話だ。


「う、うおお」


 私は意を決して、自分でもよくわからない声を出す。

 アプリのローディングが終わって、あの忌々しい通知のベルが表示される。


 その右上に、通知が来ていることを示す赤い丸は――。


「あっ!」


 付いている。確かに赤い丸が、忌々しいベルに付いている。


「や、や」


 やったぁーー!


 私は心の中で叫んだ後、ベッドの端と端をごろごろ転がりながら行ったり来たりした。


 嬉しい、嬉しい。嬉しすぎて、体の内側から爆発しそう。


 私は高鳴る心臓の音を感じながら、忌々しかったベルを見つめる。よく見ると可愛い見た目をしているように見えてきた。


「ふう」


 ベッドを三往復ほどしたところで、少し緊張もしてきた。そう、問題はここからなのだ。ひょっとしたらアンチコメントかもしれないからだ。

 そう思うと、開くのが怖い。


「いや、覚悟を決めろ! 入末のぞみ」


 パンと両頬を叩く。

 作家になればアンチコメントや批判、厳しい意見だって数えきれないほど貰うんだから、どんなものでもしっかり受け取らないと。


 凹むのは確定だけれど。


「ふおおっ」


 私はベルを押す。すると、通知と表題に書かれたページが表示された。


「…………え?」


 私は驚きのあまり、声を失う。

 応援でも、フォローでも、星でも、コメントでもなかった。

 通知のページにあったもの、それは。


「運営からの、お知らせ……?」


 投稿アプリ運営からのお知らせが二件。どうやらアプリ内で俳句のコンテストが開催されるらしい。


「……」


 私はアカウントを作ったときに勝手にフォローされる、運営公式アカウントのフォローをそっと外した。逆恨みだ。


「う、うえ〜〜〜〜ん」


 私はスマホを投げ捨て、枕に顔を埋めて、叫んだ。


 運営からのお知らせは私の小説に対する反応ではないので、結局私の小説はファボ0のままだった。


 くそっ。くそっ。


「やっぱり私の春休みは、努力は、無駄だったんだ」


 悔しさがこみあげてきて、それが涙へと変わっていくの感じた。それでも私は目元を雑に拭って、投げ捨てたスマホを拾い、電源を入れる。

 小説を書くのが下手くそな私がくよくよしている暇なんてどこにもない。悔しいなら、反応が欲しいなら、作家になりたいなら。書いて書いて書いて書くしかない。

 私は意を決してもう一度アプリを開くと、無慈悲な通知欄が表示された。


「え?」

〈sumika._.さんがあなたのエピソードに応援しました〉

「えっ?」

「えええええ!?」


 私は驚きのあまり、ベッドの上で立ち上がった。

 俳句コンテスト開催のお知らせの下に埋もれて、赤いハートマークが無機質な色の通知欄を控えめに彩っていた。どうやら私はよく見ていなくて、それを見逃していただけらしい。


 なにが起こったか理解したのと同時に、明るい気持ちがどんどん大きくなっていく。


「や、やったぁーー!」


 私はさっきは心の中に留めた言葉を思い切り叫んだ。嬉しすぎて頭がおかしくなってしまいそうだ。


「すみかさん、ありがとうございます!」


 ついで、私は感謝の言葉を叫ぶ。sumika._.さんには聞こえるはずがないのだけれど、私は叫ばずにはいられなかった。

 とりあえずこのアカウントの持ち主の方には幸せになってほしい。


「どんな人かな」


 私は気になって、sumika._.さんのアカウントに飛んだ。

 sumika._.さんのアカウントは、ユーザーはおろか小説のフォローすらしていなくて、究極のROM専みたいなアカウントだった。どういう経緯で私の小説にたどり着いたかはわからないけれど、とにかくありがとう。sumika._.さん。本当に救われ――。


「あれ?」


 よく見ると、sumika._.さんは一作品だけ小説を投稿していた。


「どんな作品だろ」


 私は気になって、その作品のページをクリックした。


「……え?」

「うそ、でしょ……?」


 私は言葉を失った。


 作品ページには、私が書いた小説の二次創作が表示されていたからだ。

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