第45話



 同時に限界を迎えていた肉体への支援魔法を解除する。

 アクリルも相当な負荷がかかっていたようで、足を引き摺るようにしてアレクシアの方へ歩いていく。


「……や、やりましたね」


 アクリルの絞り出すような声に、アレクシアも笑みを返す。


「……なんとか、でした」


 ランスドの魔力がなくなっていたことを理解したアレクシアは、笑みを浮かべてアクリルへと返した次の瞬間だった。


 それまで失われていた小さな小さな魔力が膨れ上がり、その肉体が再生していく。

 姿を見せたのは、先ほどのランスドを一回り大きくした魔族だった。

 彼は、笑みを浮かべながらパチパチと拍手をする。


「今のは……中々だったな。まさか、第一形態がやられることになるとはな。さすがに、油断しすぎたか」


 ランスドは自身を叱りつけるような口調でそう言った。

 アクリルは目を見開いたあと、震えるような声をあげる。


「まさか……あの状態から、再生できるなんて……」

「一部の魔族は……いくつかの形態を持っていると聞いたことが、あります。それらすべてを倒さないと……いけない、と」


 伝承としてしか聞いていなかった魔族の特徴を口にしながら、アレクシアは唇をぐっと結ぶ。

 先ほども膨れ上がったランスドの力とは裏腹に、アレクシアとアクリルはすでに満身創痍だった。

 ランスドが本気を出せば、数秒とかからずに全滅することは分かりきっていた。


「よく、知っているな。そう。我こそは十柱の一人、ランスド。貴様の言う複数の形態を持つ魔族、とは我ら十柱のことだ」


 愉快そうにランスドは答え、アレクシアたちへ視線を向ける。

 それから、じっと選ぶようにアレクシアとアクリルを見比べる。


「さて……ここまでやってくれた貴様たちに、本物の絶望を与えてやろうか」

「……時間稼ぎは、します。アレクシア様は、逃げてください」


 アクリルはそう言ってから、剣を握り直す。

 聖女を命に変えても守ること。それが、教会騎士の役目とされている。

 アレクシアがそれを止めようとしたが、それより先にアクリルが地面を蹴って剣を振り抜いた。

 ランスドはただただ、笑みを浮かべたまま動かない。

 アクリルの剣はランスドへとあたり、その肩に当たり――へし折れた。


「な!?」


 驚いたアクリルへ、ランスドは楽しそうに笑みを濃くする。


「何かしたか?」


 ランスドが問いかけた次の瞬間、アクリルの背中を蹴り飛ばしていた。

 吹き飛んだアクリルへ、アレクシアは回復魔法を使い、アクリルを回復させる。


 しかし、今の一撃でアクリルは完全に意識を失ってしまった。ランスドはちらとアクリルへ視線を向けたが、残念そうに息を吐いた。


「もう、さっきの状態にはなれないのか?」

「……そう、ですね」

「……つまらないな。まあ、いい。ここまで、十分楽しませてもらった。あとは食事といこうか」


 ゆっくりと迫ってきたランスドから、アレクシアは逃げるように後退していく。

 しかし、背後は壁。逃げ道を失い、ランスドに追い詰められる。

 足を止めたランスドは、アレクシアを見て顎に手をやり、笑みを浮かべる。


「さて……どう食おうか。生きたままでもいいが、オレは死体の味のほうが好きだしな……ふむ、決めた。殺して食おうか」


 ランスドは思い切り拳を振り上げ、アレクシアへと振り抜いた。

 アレクシアは咄嗟に残っていたすべての魔力をかき集め、結界魔法を展開し身を守る。

 すべての魔力を使いきり、なんとか一撃を防ぎきったが、衝撃までは押さえられず壁を破壊して吹き飛ばされる。


 地面を派手に転がったアレクシアはごろんと転がり、それから短くため息を吐いた。


「…………遅いですよ」



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