第41話
アレクシアは……内心、キレていた。
「お久しぶりです。聖女様」
「ますますお美しくなりましたな」
避難先として使われている教会の講堂には、現在貴族民間人含めて多くの人たちが訪れていた。
結界の中にいるということで、すでに安心しきっているのか、貴族たちはこの場を社交界かのようにアレクシアへと話しかけてきていたからだ。
アレクシアは周囲の聖女たちからの嫉妬に近い視線を受けながら、苛立ちを募らせていた。
スチルが聖騎士として多くの人間たちから嫉妬されていたが、それに負けないくらいアレクシアも嫉妬されることが多かった。
その理由はやはり何もかもを持って生まれてきた存在だからだ。聖女としての力、家柄、そして今は大聖女ともっとも交流が深い。
それだけの立場を持つアレクシアは、大聖女を目指している聖女たちからすれば目の上のたんこぶなんてものではなかった。
アレクシアは小さくため息を吐いてから、周囲の教会騎士たちへ視線を向ける。
講堂に集められている避難民たちに貴族が多いのもここでの顔合わせという意味もある。
大司教がこの講堂に人を集めていて、このためにどれだけの金が動いているのかとアレクシアは呆れる他なかった。
「アレクシア様。聖騎士を決めたらしいですが……私の息子もかなり優秀です。どうでしょうか? 側近にでも……」
聖騎士だけでは警備が足りない場合、代理の者が必要になる。だから、聖騎士と聖女が一対一で行動することばかりでもないため、貴族たちはアピールをしている。
今も、教会の外では戦いが繰り広げられているのに、だ。
「そうだな、アレクシア」
「……あの者だけでは不安ですからね」
同じく、避難してきた父と母からの言葉に、アレクシアはため息を吐く。
大司教が無理な命令をスチルに出し、アレクシアから引き剥がした最大の理由もこれだろう、とアレクシアは考えるようになっていた。
「今は緊急事態です。そんなくだらない話をしている暇はありません」
アレクシアが冷たく拒絶すると、貴族は驚いたような顔になる。
普段のアレクシアからは想像できないほどの口調なのだから、仕方ない。
「……アレクシア。……おまえ、あの聖騎士と関わってから、やはりおかしくなっているのだな? 何かされたのか?」
「……今まで、そんな風に話したことなどなかったのに。他の方々に失礼な言い方をしてはなりませんよ」
アレクシアは呑気すぎる父と母に、腹を立てていた。
息苦しくなるほどの力を持った何かが、教会へと迫ってきているというのに、くだらない話をしているからだ。
ただ、気づいていないのは彼らだけではない。
避難してきた人たちはもちろん、他の聖女も――。
アレクシアは自分でも敵うかどうかわからない圧倒的なプレッシャーに押しつぶされそうになり、スチルのことを思い浮かべていた。
彼がいれば、相談し、対策を立てることもできたかもしれない。
アレクシアは小さく息を吐き、歩き出す。
「私はいつも通りです。とにかく……皆さん。ここも安全とは限りません。何かあればすぐに動けるように準備しておいてください」
それだけを言って立ち去るように歩きだそうとしたその時だった。
アレクシアは真っ先にそれに反応し、振り返る。
ほぼ同時だった。講堂の扉が開け放たれ、慌てた様子の教会騎士が飛び込む。
「どうしたのですか? 騒々しい」
大司教が呆れた様に視線を向け、ロード兄弟も訝しむような視線を向ける。
そんな視線に晒されれば教会騎士は権力の圧迫感に威圧されるものだが、それでも彼は懸命に声を張り上げた。
「ほ、報告です! 教会の結界が破られました! 魔物も侵入して、危険な状態です!!」
その報告に、一瞬講堂が沈黙する。そして次の瞬間、悲鳴にもにた怒声が響く。
「おい!? どういうことだよ!?」
「ここは安全じゃなかったのか!?」
「教会にどれだけの寄付金を出していると思っているんだ!? 何があったんだ!?」
貴族たちの非難の声が響き渡り、大司教は慌ててそちらへ両手を向ける。
「お、落ち着いてください。結界が劣化していたのでしょう。大丈夫です、何かあってもこちらにはロード兄弟がおりますから」
「「ええ、お任せください」」
大司教が視線を向けると、二人はすぐに笑顔とともに敬礼をする。
「ま、まあ……あのロード兄弟がいるなら……大丈夫か」
「国内の序列三十、二十位の騎士だしな……」
ロード兄弟の実力がそれなりに高いことは、アレクシアも知っている。
しかし、それが安全の担保にならないこともアレクシアには、分かっていた。
結界を破った者たちが迷いなく近づいてきていることを理解し、アレクシアはすぐに大司教へ声をかける。
「大司教、すぐに全員を避難させてください」
「……はぁ? どういうことですか?」
「……ここは危険です。ここに向かってきているのは、魔族です。それも、恐らくはかなりの力を持った者たちです。すぐに、避難すべきです」
魔族。アレクシアのその言葉が聞こえた貴族たちから、悲鳴があがる。安堵から再び不安にかられた貴族たちから声が漏れ始めるが、それを止めるように声をあげたのは、大司教ではなくロード兄弟だった。
「あなたは自分の弱い聖騎士しか見ていないから、分からないのでしょう」
その分かりやすい見下した発言に、アレクシアはぴくりと眉尻が上がる。
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