第39話
だが、それを止めるようにボーデンがグランドの腕を掴んだ。
真っ青な顔を横に振りながら、絞り出すように言葉を吐き出す。
「……無理だ、グランド……っ! お、オレたちじゃ……殺されちまうよ」
「……それは、分かってるよ」
グランドはそれでも、剣の柄を握り、大きく深呼吸をする。
それから、剣をゆっくりと抜いた。
グランドは手の震えを抑えるように、両手で剣を握りしめる。
「でも……僕は困っている人たちを助けられる聖騎士を目指しているんだ。……僕が攻撃を仕掛けて、時間を稼ぐよ」
「だ、だからって……こんなの……」
グランドは視線をボーデンへと向ける。ゆっくりと目を閉じた次の瞬間、目を見開いて地面を蹴る。
唇をギュッと結び、魔族の背後へと迫る。両手で握りしめた剣をさらに強く掴み、無防備にさらされたその背中へと剣を突き出した。
しかし、突き出した剣は、あっさりとかわされる。
「なんだぁ? いきなりよぉ!」
魔族が苛立ったようにグランドを睨みつける。すぐさま剣を引きつけ、グランドは振り上げる。
だが、魔族はそれを軽々とかわす。かわしながら、振り抜いた尻尾の一撃を、グランドはぎりぎりでかわし、剣を横に振る。
だが、あっさりとかわされる。
それを見て、魔族は口元を歪めた。
「ほぉ、さっきの騎士共よりは多少動けるみたいだな」
「……く、っそ」
魔族の言葉に、グランドは顔を顰めるしかない。
先ほどまでのグランドの攻撃は、すべて全力の一撃だった。
どれも当たらなかったことを、グランドは内心焦っていた。
それだけ、実力の差が明白だということの証明だった。
「んじゃあ、ちょっと遊んでやるか……ッ!」
魔族がそう叫ぶと同時、その姿が消えた。
次の瞬間、グランドの体が吹き飛んだ。
「うぐっ……!?」
「おいおい、ちょっと力出したらもうついてこれないのかよ!」
魔族がさらに加速し、拳と蹴りと尻尾を振り抜き、追い詰めていく。
グランドは急所を守るように構えるのだが、そのガードに回した腕や足ごと吹き飛ばされる。
それでも、グランドは倒れない。
視界の端で震えてしまっている子どもたちを見て、叫ぶ。
「早く、逃げるんだ!」
「……っ」
グランドが怒鳴りつけるように叫ぶと、子どもたちは弾かれたように逃げ出す。
それを見た魔族が、笑みを浮かべる。
「おいおい、逃すわけねぇだろ」
「待て! お前の相手は、僕だ!」
グランドが剣を振り下ろすが、かわされ顔面を殴り飛ばされる。
だが、すぐに足に力を込め、踏ん張ったグランドは土魔法を展開する。
鋭利な石の槍が魔族の足元から垂直に突き出した。
魔族の意識にはなかっただろう、魔法による攻撃は、魔族の腕を掠める。
ダメージは大したことはない。
それを証明するかの様に、魔族についた傷はすぐに再生される。
だが、魔族はその一撃に目の色を変えた。それまでのどこか余裕ぶった色はなくなり、怒りに染まる。
「……雑魚のくせに、オレの体に傷つけやがって! くそが!」
「うぐああ!?」
グランドの腹に、魔族の膝がめりこんだ。グランドは血を吐きながら、建物へと叩きつけられる。
魔族は腕から垂れていた血を軽く手で触れ、苛立ったように握りつぶした。
「おらおら! どうしたよ! もうその程度か!?」
倒れたグランドの背中が、魔族に踏みつけられる。
ミシミシと骨の折れる音が響き、グランドはその痛みに顔を顰めていく。
しばらく苛立ったように魔族が踏みつけていたが、うめき声しかあげなくなったグランドを見てため息を吐いた。
「おいおい、弱いくせにでしゃばりやがって……」
魔族がしゃがんでグランドの首を掴むようにして持ち上げる。
グランドは血を流しながらも、じっと魔族を睨んでいた。
そして、魔族は笑みを浮かべ、その腕へと噛みつこうとした瞬間だった。
火の矢が放たれた。ボーデンだ。
魔族とグランドの戦いを、黙ってみていることしかできなかったボーデンは、しかし友を置いて逃げることもせず、機を伺っていた。
グランドが死ぬ前……魔族がもっとも油断する瞬間、そこにボーデンの一撃が放たれた。
魔物たちを一瞬で焼却していた火魔法。それが真っ直ぐに魔族へと迫り、魔族は即座に尻尾を大きく振り抜く。
火の矢は、その一撃によってかきけされる。
「そ、そんな……っ」
「なんだ。もう一人雑魚がいたのか」
魔族はグランドを地面に放り投げ、ボーデンへと迫る。
ボーデンがすぐに剣を抜こうとしたが、間に合わない。
魔族の拳がボーデンの腹へと減り込み、吹き飛ばす。
「うぐ……っ!」
ボーデンが地面を転がり、大きくむせる。
すぐに立ちあがろうとしたが、それを妨害するように魔族が背中を踏みつけた。
「弱ぇ。弱ぇ……マジで話になんねぇな……」
魔族が笑みを浮かべながら動けなくなったボーデンを蹴り飛ばす。
吹き飛ばされた先は、グランドの側。グランドは掠れるような声をあげる。
「……ぼー、でん」
「……子ども、たちは……無事、逃げられた……ぞ」
「……」
ボーデンは悔しそうにそう言った。
グランドはその言葉に安堵したように息を吐いたが、押し寄せる無念の波に飲まれていた。
スタスタと歩み寄ってきた魔族は、倒れていたグランドたちに向け、笑みを浮かべる。
「さっきのガキ共は教会に逃げたんだろ? なら、どうせすぐに会えるぜ? オレたちのリーダーが、教会に攻め込むつもりなんだからな」
「……ッ」
魔族の煽るような言葉に、グランドは血を吐き出した。
教会が狙われているとしったグランドは、すぐに教会へと向かうため、残る力をなんとか振り絞り立ちあがろうとする。
だが、背中を踏みつけられ、その動きさえも封じられる。
「おいおい。何やってんだよ? 今更戻ったところでどうしようもねぇぞ?」
地面に押し付けるように魔族が一際強く踏みつけると、グランドの体が崩れ落ちる。
その時だった。踏みつけていた魔族の動きがぴたりと止まる。
視線が、ある方へと向けられ、グランドも朦朧とした意識の中で、そちらへ視線を向ける。
「また、新しい餌が増えたのかよ?」
魔族は問いかけながら、体を向ける。
グランドは目を凝らした先には、仮面をつけた、一人の男が立っていた。
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