第36話


 この教会に万が一のことがある、とは誰も考えていないようだ。

 適当に挨拶を済ましてから、俺たちは聖女たちが集まっている場所へと向かう

 ただ、以前祈りを捧げていたときよりも人数は少ないな。


「……なんか、あんまり聖女もいないのか?」

「……大聖女様の仕事の付き添いで、何名か同行していますからね。いつもよりは少ないですね」

「なるほどなぁ。ちょうど、手薄のタイミングに被ったんだな」

「狙われた、かもしれませんね」


 騎士団も聖女も人が少ない時に攻撃されるなんて、運が悪い……とはさすがに考えないか。

 アレクシアの言う通り、狙われた、可能性の方が高いだろう。

 大聖女にしろ、騎士団にしろ、ある程度スケジュールが公開されてしまっているわけだしな。


 俺としては、どちらでもいいが。

 しばらく講堂で待機していると、講堂の前の方へ数名の男性が姿を見せた。

 かなり年配の男性だ。彼の左右には騎士もついているので、それなりの立場の人なのだろう。


「アレクシア、あのおじさんは?」

「……大司教ですね。この街の教会の女性代表が大聖女様なら、男性代表が彼になりますね。大聖女様と大司教はどちらも与えられている権力はほぼ同じですので、大聖女様がいないとなれば彼の指示に従うことになります」


 はあ、なるほどな。

 その大司教はというと、顔を青ざめさせていて、見ていてとても不安だ。

 本当に大丈夫なんだろうか。


 大司教は右手にマイクを持ち、声を上げる。魔道具の一つだ。室内にある魔石に音を飛ばし、四方から音を出すためのものだ。


 何度か音が出ていることを確認するように声を出していくと、講堂内にいた人たちの口数も減っていき、やがて静寂に包まれた。

 それを確認してから、大司教はゆっくりと話し出した。


『み、皆様。今……街が非常にまずい状況になっていることは、知っているかと思いますがご安心ください。現在、騎士団と大聖女様方が街へ帰還するために向かっていますので、問題は、ありません』


 それはまるで自分に言い聞かせるかのようだった。

 言葉は詰まりながら、声は震えながら。そんな様子の大司教からの言葉に、一体誰が安心できるというのか。


『さ、作戦の指揮は、私がとります。今、ここに集まっている教会騎士並びに聖女様方は、この教会にて待機し、避難してくる者たちの警護に当たっていただきます』


 ……講堂内には結構な人数がいるのだが、これをすべて警護に回すのか。

 敵の規模が多く、教会を狙っているというのなら確かにそれでもいいのかもしれないが……どうなんだろうか?


 魔族がいる、と言っていたな。

 魔族たちは聖魔法の力を持つ聖女たちを喰らうとより強い力が得られるという話だ。

 狙いは聖女の可能性もあるし、一箇所に集めて迎え撃つための準備を整えるというのもありかもしれない。


「……ま、街の方は、大丈夫なのでしょうか?」


 誰かがその問いを投げかけると、大司教はびくりと背筋を伸ばした。


『心配ご無用です。そちらはすでに手配済みの教会騎士と騎士団にて対応していただきます』


 大司教はにこりと微笑んだが、別の聖女がすっと手を上げる。


「さすがにすべての聖女が集まる必要はないと思います。結界に関しても、強度の限界はありますし……私は魔物の討伐に参加したいです」

『いけません……っ。聖女の方々には、結界を強化していただく必要があります! ここには貴族の方々も避難されているのですよ! 勝手な行動はしないでください!』


 大司教がピシャリと言い放ち、逃げるように立ち去っていった。

 ……避難した貴族たちから、何か指示があったんだろうな、と思わせられる様子だった。

 それを察した人たちも多いようで、聖女たちの中には何やらあまり乗り気ではない雰囲気はあったが、それでもそれ以上質問が出ることはなかった。

 

「自分のことしか考えていないようですね。……これでは、街はかなり戦力が不足していますね」

「魔物とか魔族のの状況がまったく分からないから、なんとも言えないがあんな指示の出し方だと、確かに心配だな」

「……ですね。……すべて、ちゃんと考えての作戦の指示であることを願うしかありませんね」


 とはいうが、アレクシアはあまり大司教のことは信用していないようだ。

 だとしても、正しい指示の可能性もあるわけで、持ち場を放棄するわけにはいかないのだが、そう思っていると大司教の横にいた騎士二名がこちらへとやってきた。

 俺とアレクシアをじっと見てから、紙を渡してきた。


「貴様が、スチルベルトだな?」

「ああ、そうだが」

「……貴様は街の避難誘導と魔族討伐に当たれと命令が出ている」

「……私の聖騎士ですよ?」


 アレクシアが口を挟んだが、騎士は俺に見せてきた紙の一部を指差した。


「これは、大司教様の命令だ。一介の聖女の意見は通らない」

「……なぜ、スチルだけを街に出すのですか?」

「彼だけではない。教会騎士の中で、役割分担をして外に出している。さっさと行け。命令を無視すればクビだ」


 教会騎士は一方的に言って紙を押しつけてから、さっていった。


「えー、面倒くさいな……。俺が離れて、万が一アレクシアに何かあったらどうするんだ?」

「どうするも何も?」


 そう言って、騎士の一人がもう一人へ視線を向ける。

 二人は、小馬鹿にした様子でこちらを見て、笑う。


「オレたちは国内序列三十、二十位の騎士と知っての質問か?」

「オレたちがいれば、おまえなど不要というわけだ。さっさと行け」


 ……まあ、彼らがそう言うならそれでもいいか。



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