第32話


 自由にやれ、と言ったのは俺だ。彼女の聖騎士として、多少は手伝ってやらないとな。

 何より、ここで暴れておけば二度とこの屋敷に訪れる必要はなくなるかもしれないし。


 俺が挑発するようにアレクシア父に言うと、案の定彼が苛立ったように目尻をひくつかせる。

 俺の煽りに、近衛兵たち五人も苛立った様子だ。


「……まあ、そこまで言うのならアレクシアの自由にすればいい。だが、もしも一度でも敗北するようなことがあれば、貴様は今ここでクビだ!」


 激昂したアレクシア父の宣言に、アレクシアがちらとこちらをみてくる。

 「わざと負けませんよね?」という彼女の視線に、「どうしよっかな?」という笑顔を返すと、アレクシアは微笑を浮かべて頷いた。


「……それでは、分かりました。早速――」


 アレクシア父の宣言に合わせ、近衛兵の一人がそう言った瞬間、口元を歪め、こちらへと踏み込んできた。


 近衛兵が俺へと迫ると、腰に差した剣が振り抜かれる。

 完全なる不意打ち。卑怯なんてものじゃないその攻撃を行う彼は……戦士としての心構えはよほど教会騎士よりもできている。


「油断していた、などと言う言葉は通用し……な…………え?」


 だが……遅い。

 俺はアレクシアを抱きかかえながら、彼の背後をとり、その首元に取り出した刀を傾ける。


「勝負は最後までつけたほうがいいか?」

「……」


 アレクシア父に視線をやると、彼は驚いたようにこちらをみていた。


「首をちょきんと落とすんだよ。そこまでやったほうがいいか?」


 俺がそういうと、近衛兵はだらだらと顔を青ざめさせてこちらをみてきた。

 「やめてー!」と必死に目で訴えかけてくる近衛兵に、アレクシア父も両手をこちらに向けてくる。


 だが、その時だった。他の近衛兵が助けるように動きだす。

 この場にいるのは、五人の近衛兵だったな。


「アレクシア、少し激しく動くから酔わないようにな」

「……はい」


 アレクシアがぎゅっと抱きついてきて、俺はその場で床を蹴る。

 接近していた近衛兵の一人を蹴り飛ばすと、遅れてもう一人が反応した。

 振り抜かれた剣を、刀で破壊し、顔面蒼白になった近衛兵の体を刀の峰で殴り飛ばす。


 さすがに、一刀両断するつもりはない。


 残り二人が地面を蹴って飛び込んできたが、俺はその場で回るように刀を振り抜き、彼らの武器と鎧のみを破壊し、全裸にする。


「く、くそったれ!」


 最初の近衛兵が余裕なく叫んで剣を振ったが、俺は再び彼の背後をとって刀を首元に向ける。


「それで? 殺した方がいいのか?」


 改めて、同じ態勢でアレクシア父に問いかける。

 近衛兵たちがよろよろと体を起こしていたが、すでに彼らは戦う顔をしていない。

 完全に怯えきっている彼らをみて、アレクシア父と母も震えていた。

 そして……アレクシア父は悔しそうに、声を上げる。


「い、いや……必要ない。わ、分かった実力は……認めよう……だ、だが……もう少し、わが家にふさわしい人間として、振る舞いをだな…………」

「いや、わが家って……俺は別にアレクシアの聖騎士でそれ以上でもなんでもない。別に家に関わるわけでもないんだから、そこまで品格を重視しなくていいだろうが」


 俺が刀をアイテムボックスにしまいながら威圧するように言うと、アレクシア父は首を傾げながら口を開く。


「……いや、アレクシアの手紙には、恋人兼聖騎士が見つかった、と」

「おいこら、アレクシアさん?」

「なんでしょうか、あなた?」

「もうその気になってんじゃねぇぞ?」

「それに関してはまたあとで詳しくお話します。ひとまず、ここでの話はここで終わりにしましょう。いきましょう、スチル」

「え? この流れで普通に屋敷あがってくのか?」

「顔合わせのパーティーも兼ねていますから。皆さんに、私の聖騎士を紹介すれば聖騎士志望者たちもいなくなると思いますので。それではお父様、お母様。本日はよろしくお願いしますね」


 アレクシアはにこりと微笑み、それから階段を上がっていく。

 ……こいつめ。

 初めから俺を使って家との関係を有利なものにしようとしていやがったな?


 まあ、俺としてもこれから何度も呼ばれて貴族の真似事させられるよりかはいいけどさ。


 俺は未だ呆然としている彼らを一瞥してから、アレクシアについていく。

 アレクシアが向かった先は衣装部屋だ。ずらりと並んだドレスがあり、奥には着替えるためのスペースだろうか。カーテンに仕切られた区画がある。

 使用人が待機していて、アレクシアはすぐに着替えを行うため、カーテンの向こうへと消えていく。


「俺、トイレにでも行ってきていいか?」


 別にここで待つ必要もないだろう。そう思って声をかけると、衣擦れ音に混ざるようにして声が返ってくる。


「スチルを恋人兼聖騎士ということにしたのは、家族から毎日のように縁談の手紙が届くのが鬱陶しかったからです」

「つまり……風除けってこと?」

「はい。それに、聖騎士と聖女では恋人関係になることも多くありますからね。私たちも実際それに近いじゃないですか」

「近くねぇぞ」

「ですので、将来を誓った仲ということにしました。完璧な作戦でしょう?」

「お前にとってはな。俺のことは全く考慮されてないけどな?」

「嫌、でしょうか? 私これでもかなり魅力的な女性ではないですか?」

「魅力的だとは思うが……」


 俺がそう答えると、がたんと何か音がした。


「なんだ?」

「い、いえ……続けてください」

「まあ、風除けに使う分には構わないが、ちゃんと俺以外の相手を探しておいたほうがいいとは思うけどなって話。本気で俺と関係があるって周りに伝えてたら、異性が寄ってこなくなるかもしれないぞ?」

「それは……別に構いませんよ」

「結婚できなくなるかもしれないぞ?」

「その時は、諦めますから。あるいは、スチルがそのまま私と結婚すればいいんですよ?」


 彼女がカーテンの隙間から顔を出し、冗談めかしく笑う。


 結婚、ねぇ。

 この世界に転生してからそういう気持ちが湧かないんだよな。

 ゲームの世界、とどこかで考えてしまっているのもあるだろうか?


「また、その目ですね」

「ん?」

「私を見ているようで見ていないときがあるんですよね。……その、目。あんまり私は好きじゃないです」

「好きじゃないって言ってもな……。仮面でほとんど見えないだろ?」

「……分かるんですよ。突然、どこかに消えて行ってしまいそうな……もしかして、想い人とかいます?」

「いや、別にいないけど」


 けど、彼女の発言は当たらずも遠からずという感じだと思う。

 彼女を見ているようで、俺はゲームの存在、と見てしまっている部分はあるのかもしれない。



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