第29話


「先ほどからこうしているのですが、スチルはどの程度興奮していますか?」

「興奮前提か?」

「していないのですか?」

「ラッキー、と思ってるくらいだな」


 といっても、あまりそういう感覚はないんだよな。

 能力を強化していくと、状態異常耐性などもついていく。

 状態異常には魅了状態、というのもあり……能力が上がると心の動きというものが少なくなってくる。

 なので、普段はなるべく感情を大袈裟に表現するようにはしている部分はある。


 全力でバイクを走らせていると、三十分もかからないくらいで街が見えてきた。

 門近くになったところで、速度を落とし俺たちはバイクから降り、バイクを返却して教会へと戻る。

 クラフィはもう店にはいないようだ。まあ、いたらいたでまた睨まれそうな気もするしな。


 教会へと戻ったのはお昼すぎだ。仕事部屋についたところで、アレクシアはすぐに報告書を書き始める。

 まずは依頼に関して。こちらは特に大きな問題もなく、結界の状況と次の結界の修復時期についてを報告書に残して終了だ。

 魔導バイクに関しても、道中で話していたようなことをまとめてすぐに終了だ。


「おい、二人乗りは仲の良い男女で乗れていいかもです、って報告書としてどうなんだ?」

「私の感想を含めての報告が必要だと思ったので。あっ、スチルの感想も入れておきましょうか?」

「そうだな。運転任されるから大変だった、と入れておいてくれ」

「大事な聖女と密着できてよかった、と。はい、完成しましたね」


 まったく人の話を聞く気がないようだ。

 報告書を机においておけば、あとはグランドが時間になったら回収してくれるので俺たちの仕事は完璧に終了だ。


 部屋へと戻る前に食堂へ行き、昼食を食べに向かう。

 俺たちが食堂に来ると、教会騎士たちの視線が集まるんだよな。

 特に、俺へ。

 

 「なんで昼の時間に教会にいるんだよ?」みたいな責める視線だ。

 本来なら、聖女は時間のあるかぎり仕事をするものだと思われていて、実際アレクシアもこれまでやっていたらしいからな。


 それが、俺が聖騎士になった途端教会にいる時間が増えたんだから、原因を俺に見出す輩が多いのだ。


 ていうか、俺としては聖女たちの方が驚きだ。休みなく毎日朝から晩まで仕事って……やりがい搾取では?

 だって、俺が聖騎士になってから休みの日ないんだからな。もしもアレクシアが真面目な働き者だったら、今頃俺は退職希望を出していただろう。


「スチル。明日は休みですが、予定はありますか?」

「え? 聖女ってちゃんと休みあったのか?」

「七日働けば、一日から二日程度のペースでありますね。明日は私の予定に付き合って欲しいのですが、大丈夫ですか?」


 やっぱ、ブラックだわ、聖女様。


「予定ってなんだ?」

「夕食を食べにいくことになっていますので、夕方くらいから時間を空けて頂きたいのですが……大丈夫ですか?」

「奢りっていうなら、お供するぞ?」

「ええ、奢りです。色々と美味しいモノを用意してありますので楽しみにしてください」


 とりあえず、明日はある程度自由にしていられるとはいえ……一応、アレクシアの近くで彼女を護衛する必要はあるんだよな。


 それでいて、聖騎士の給料は聖女よりも低いんだよな。やっていることといえば、聖女並みに働いているんだし同じくらいもらえてもいいと思うんだが。



 その日の夜。トイレに起きた俺が鼻歌混じりに小便器の前に立って用を足そうとしたときだった。

 背後に気配がした。視線を向けると、天井に足の裏を貼り付けたままのクラフィがいた。

 ……まさか、昼間の魔導バイクの件について話に来たわけじゃないよな?


「おい、人が小便している後ろに立つんじゃない。出なくなる」

「気にしないでください。スチル様の排尿の音を記憶したいだけですから」

「余計出る気なくなったんだけど? それで? 何のようだ?」

「……本日、南の村にてワイバーンと戦ったと思います」

「知ってたのか?」

「メロニーが追跡していましたので。その際、近くにて魔族の姿も確認し、メロニーが仕留めました」


 彼女の険しい声に、出かけた尿が止まった。


「魔族か。大丈夫だったのか?」

「……はい。なんとか、ただ……やつは下っ端も下っ端でした。捕らえた瞬間、自爆されてしまい……情報が何も得られませんでした。ただ、ワイバーンを魔石を使って召喚していたのは、確認できました」

「……たぶんだが、魔道具だな」


 魔族たちは魔物を封じ込めた魔石を使って、魔物を召喚することができる。

 一体のみのこともあれば、大量の魔物を召喚することもあったものだ。


「そうか。メロニーは怪我とかないか?」

「大丈夫です」

「それなら良かった」


 俺としてはそっちの方が心配だったからな。軽く安堵の息を吐いていると、クラフィが言葉を続ける。


「邪教集団たちを率いる者のなかに、魔族がいることは間違いないようです。下手をすれば、彼らが指揮をとっている可能性もあります」


 魔族、ね。

 この時代ではその存在はほとんど確認されていないとされている。

 ……過去、俺がいた時代に魔族たちの殲滅作戦が行われ、少なくとも教会は完全排除した、と話していた。

 まだ、いるんだな。


「まあ、気をつけてくれ。戦力が必要ならいつでもたよってくれていいからな」


 クラフィたちは、邪教集団に強い敵意をもっているからな。



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