第24話



「詳しくは言えないんだが、俺はこれでも貴族の生まれだぞ?」

「……何?」


 ぴくり、とアクリルの表情が一瞬険しくなる。

 俺が貴族出身とは思っていなかったようだ。彼の俺に対しての警戒する様子が分かった。


「ただ、もうとっくの昔に家からは追い出されたけどな。この世界だと、能力によって家での扱いは変わるだろ? 俺は検査しても能力がちゃんと測れないらしくて才能なしとして、まあいじめられてた。ぶっちゃけ、気にならないし衣食住は自由だったから別になんでもいいって感じだったけどな」


 普通に親の目を盗んで外に出ることもあったので、わりと自由に生活していたし。

 ただ、アクリルは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「……そういうこと、か。だが、聖女の聖騎士になったと家にいえば、喜んで迎え入れてもらえると思うぞ? いつ捨てられたのかは分からないが、好待遇で迎え入れてくれるんじゃないか?」

「俺の性格で、家に戻りたいと思うか? 別にのんびり暮らせればそれでいいんだよ。聖騎士はたまにちょっと運動して稼げるんだから暇つぶしにはちょうどいい」

「……暇つぶし、程度でやれるものではないがな」


 アクリルはため息を吐きながら顔の半分をお湯につけた。

 ぶくぶくと彼らしくない行儀の悪い行為をしている。

 何か、俺の発言に思うことがあったようだ。


「アクリルはどうなんだ? 貴族? それとも平民?」

「……私は、貴族の出身……だったと思う」

「だった? どういうことだ?」

「両親を、知らないんだ。小さな頃に、教会の前に捨てられてた……それで、当時はまだ聖女だった大聖女様に拾ってもらって育ててもらったんだ」

「…………大聖女は何歳だ?」

「今の話を聞いての感想がそれか! み、耳を見ただろう!? かなり血は薄いがエルフ族なんだ……。それと年齢は気にしているから、あまり口に出さないように……」


 ……耳?

 そういえば、確かに少し尖っていたかもしれない。ただ、アクリルの言い方的に恐らくハーフどころかクォーター……下手したらもっと血は薄いんだろうな。


「……結婚はしてるのか?」

「絶賛恋人募集中だそうだ」

「いや、立場を利用すればいくらでも来るんじゃないか?」


 だって、大聖女候補のアレクシアも大人気なんだ。現時点の大聖女ともなればそりゃあもう人気間違いなしだろう。


「立場に吸い寄せられる奴は嫌、だそうだ」

「アレクシアも似たような感じだが、もしかして聖女って拗らせてる人多いのか?」


 案外夢みるタイプが多いというか。

 結婚というのは、恋愛結婚だけではなく、社会的立場とかでも結構決まるものだと思う。

 見た目とか育ちとかもあると思うが、特にこの世界だと貴族というメンツを大事にする人たちが多い世界なんだから、余計にそういった要素は強いだろう。


「……私からは何も言わないぞ」

「んーまあ、事情は分かった。大聖女の乳で育てられたアクリルはその恩もあって教会騎士になった、ってことか」

「あ、アホなことを抜かすな!」

「あっ、恩は感じてないと、恩知らずー」

「そっちじゃない! 大聖女様の乳で育ってはいない! 普通にミルクだバカモノが!」

「へいへい。んじゃあ、教会騎士になった理由は合ってるってことか?」

「……それもある。それに、もしかしたら……有名になったら……家族に会えるかもしれない、と思って、な」


 彼は恥ずかしそうに、その言葉を絞り出した。


「会いたいのか?」

「……会って、みたいという思いはある。捨てたのか、そうせざるを得ない理由があったのか……聞いてみたい」


 アクリルはまた顔を風呂につけて、ぶくぶくとやっていた。


「だから、今のおまえの話を聞いて、自分が女々しいやつだと思ってな……少し自己嫌悪に陥っていたところだ」

「そんなことないとは思うがな」

「……またからかってるのか?」

「いやいや。俺の場合は家族が結構酷いやつだったからな。おまえの家族は本当に理由があるかもしれないだろ? 第一…………俺だってもう一度会えるなら、元気にやってるって言いたいしな」


 それは、レクナたちにではない。

 英雄カインの時の家族でもない。

 ……英雄カインの時は、両親不明で俺も記憶にございませんなので知らん。


 今もう一度会いたいと脳裏に浮かんだのは、地球にいた家族たちだ。

 ある日突然死んだ俺のことを皆はどう思っているのだろうか。


 ……トラックに轢かれそうな子どもを助けて、俺は死んでしまった。


 立派だ、と言っているのだろうか? それとも、馬鹿者と言っているのだろうか?

 どちらにせよ、親より早くに死んでしまったことはごめん、と謝りたい気持ちはあった。

 軽くお湯を揺らすように足をあげると、アクリルは不思議そうに首を傾げていた。


「……会いにいけばいいのではないか?」


 ……喋り、すぎたな。

 そりゃあ疑問に思われるよな。


「いや、この国にはいない人たちなんだ。会おうと思ってももう会えない」


 それだけを伝え、俺は目を閉じる。

 ……アクリルから、それ以上の質問は受け付けません、という態度を示すと静かになった。


 ………………いや、静かすぎないか?

 目を開け、しばらく黙っていたアクリルをみてみると……アクリルは風呂に頭から浸かっていた。


「おい……! バカ! 大丈夫か!?」

「……あ、暑い」

「のぼせてるバカな教会騎士! 無理に付き合ってんじゃねぇよ! ほら、出るぞ!」


 彼を引きずりあげ、俺はアイテムボックスからタオルを一つ取り出し、水をつけながら浴室から出る。

 脱衣所にて、彼の体を拭いてやってから濡れたタオルを頭に乗せてやり、俺も自分の着替えを始める。


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